冬のガスコンロに見る水道水のミネラル
きっかけ
生活していて気になったことがある。
この写真のように、普段は真っ青なはずのガスコンロの火が鮮やかな赤色を呈する事があるのだ。
いや、ガス火が赤くなること自体はそこまで珍しいことではない。
うっかり吹きこぼしてしまったり、具材を火の近くに落としてしまった際にもガス火は赤くなる。
だが、もう一度この写真を見て欲しい。IH派の人や料理をしない人には伝わりづらいかもしれないが、うっかりで火の色が赤くなるときはもっと黄色っぽい色をしている気がする。それ対してこの火はもっと「オレンジ」に近いというか、とにかく明らかに色が違うような気がするのだ。
また、この現象が毎年なぜか冬場にだけ起こるというのも気になっていた。
調べてみる
この2点の疑問を解決する説明がないかGoogleで検索してみると、簡単に見つかった。ガスコンロの火が赤くなる原因は主に3つあるようだ。
まず、室内の換気不足が原因で不完全燃焼を起こしているというもの。これは考えにくい。家に備え付けの24時間換気システムが稼働しているし、料理のときには必ずと言っていいほど換気扇も付けている。
2つめはバーナーキャップの汚れによるもの。これも可能性はあるが、ガスコンロの掃除は定期的にしているし、冬場にだけ赤くなることの説明にはならない。
これだ!!!!!!!!!!
完全にこれ。超音波式の加湿器は加熱式と違って水に溶け込んだ溶質をまるごと気化するため、水とともに空気中を漂っていた微量な金属成分がガスコンロの火に曝されて炎色反応を起こしたのだ。炎色反応といえば「花火が色鮮やかなのはこれによるもの」と説明されたり、高校の化学の授業で「リアカー無きK村」の語呂合わせで覚えて以降、全くと言っていいほど出番が無かったあれだ。まさかこんなところで再会するとは。
炎色反応ならうっかりで火が赤くなる時と色が違うことも説明できるし、冬場にしかこの現象が起こらないのは我が家では冬場にのみ加湿器を使うからだ。2点の疑問が一気に解決される気持ち良さに感動してしまった。
もう少し調べてみる
しかし、この説明を聞くと新たな疑問が出てくる。水道水中の金属成分による炎色反応が原因で冬場のガス火が赤くなるとしたら、具体的にどの元素による炎色反応なのか?ということである。
これに関して言及しているWebサイトが無いかさらに調べてみたが、「炎色反応でガス火が赤くなることがあります」とはどのサイトにも書いてあるものの、具体的な成分・元素名に触れているサイトは見つけられなかった。
だったら自分で調べてみよう。
まずは炎色反応が実際にどんな色なのかを調べてみる。
ありがたいことにYouTubeで炎色反応の実験動画が見つかった。色だけで見てみるとリチウム(赤)、ナトリウム(黄色)、カルシウム(橙)、ストロンチウム(紅)あたりが近いように思える。
次に水道水中の金属(ミネラル)成分について分析している文献がないか探してみると、倉敷市によるデータが見つかった。
上記を見ると、成分の絶対量や割合は系統によりそこそこ差があるものの、カルシウムとナトリウムが多く含まれ、カリウムが微量含まれるという傾向はありそうだ(マグネシウムは炎色反応を起こさないので除外)。
ここで、我が家のガスコンロの画像と炎色反応の画像を横並びで見てみる。
これを見てみると、カルシウムの橙色が最も近い色をしているように見える。倉敷市による水道水成分調査においてもカルシウムは多く含まれている成分なので、「冬場のガスコンロの火が赤くなるのは、水道水に多く含まれているカルシウムによる炎色反応」だと考えてもよさそうだ。
まとめと問題点
まとめ
○冬場にガスコンロの火が赤くなる原因は、換気不足や異物等による不完全燃焼の他に、加湿器により気化した水道水のミネラル成分を原因とする炎色反応があり、今回の現象は炎色反応が原因であると考えられる。
○炎色反応を起こしている具体的な元素については、画像の比較および倉敷市による水道水の成分分析データから、カルシウムであると推察できる。
問題点
○本当にカルシウムが主かは断定できない
ここまで書いておいて何だよという感じだが、今回の結論はあくまで推察の域を出るものではない。その原因は主に以下の2点。
・成分の相対量が多いからと言って人間の目にその色が強く見えるとは限らない。例えばカルシウム(橙)が40mg/L、ナトリウム(黄)が4mg/L含まれる水道水の炎色反応を見たときに、橙色が黄色の10倍強く見えるとは限らない。同様の理屈で、人間の目に橙色が強く見えるからといって、カルシウムが相対量として最も多く含まれる成分であるとは言えない。
・水道水の成分データが省略されている可能性。倉敷市のデータではカルシウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウムの4種の分析結果が表示されているが、それ以外の元素も実際には炎色反応に影響を与えるほど多く含まれていて、データが省略されていたり、そもそも分析がされていない可能性がある。
・写真のパラメータの問題。写真はホワイトバランス(色温度)の設定や彩度・トーンカーブ等の編集により簡単に色味が変えられてしまう。実際、「炎色反応」で検索して出てくる画像や動画の中でもわずかだが色の差がある。自分で撮った写真はなるべく肉眼で見える色味に近づけたが、参考にしたものと本来は横並びで比較できるものではない。
自分の住んでいる自治体が水道水の成分分析結果を公表していればもう少し考察できたかもしれないが、残念ながら調べても見つからなかった。従ってこれ以上自力で進めるのは不可能だ。炎色反応により発せられる励起光は元素ごとに固有の波長が決まっているため、それを回折格子や検出器を用いてスペクトル分析する装置でもあれば完璧だが、そんなものを持っているわけがない(調べてみたらそのような原理の分析技術自体は「ICP発光分光分析」としてすでに実用化されていた)。
もう少し現実的な案として考えられるのは、倉敷市などの水道水の成分分析結果を公表している自治体に住んでいる、ガスコンロと加湿器を併用している人の冬場のガス火の色を調査することである。倉敷市の中でもカルシウムが多い系統とナトリウムが多い系統があり、原理的には前者は橙色っぽく、後者は黄色っぽくなるはずである。もしこの2つのガス火の色が分かれば、その2つと我が家のガス火の色を比較することで、カルシウムとナトリウムどちらに寄っているのか傾向くらいは判定できるだろう。
終わりに
以上、日常の疑問に端を発する一連の調査でした。
水道水の成分分析結果が公表されている自治体にお住まいで、ガス火と加湿器を同じ部屋で使っている方のガス火の色の写真、お待ちしております。