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異常な天才しか弾けない!?──イエペス式10弦ギター

…いまでこそ他弦ギターは、業界界隈でメジャーではないですがそれなりの市民権を得ているとは思います。自分が恋に落ちた当時は、クラギ界わいの中でもほとんど相手にされていない状況でした──

──かなり保守的だった当時の日本クラギ業界では、イエペスの禁じられた遊びの演奏に拍手喝采を送っても、彼が開発した10弦ギターには概ね否定的だったようです。

その原因は、日本ではまさに”ギターネ申”だったスペインギターの巨匠アンドレス・セゴビアが10弦ギターに対して放ったある辛辣な言葉だ、という話をどこかで耳にしたことがあります。

10弦ギターは、官能的な美女であるクラシックギターを、醜怪な老婆に変えてしまった

──正確にこうだったのかウラがとれませんが、こんなようなことを言ったとは言わないとか。いやあ、いまならセクハラ発言ですヨ!

いまとなっては確かめようもありませんが、こと日本に限らず、世界的に10弦ギターは懐疑的な扱いをされていた様子です。

ぢつは小生、わりと早くに実際に10弦ギターを手にしていました。しかし、(またしても)ダマされたというわけではないのですが、その製作者による一種の配慮(心遣い)が逆に仇になってしまい、それがもとで10年以上を苦しむことになってしまったのです──

その後自分で稼げるようになると、自分のお金でホンモノの10弦ギターを買おうと一大決心をして、その日現金◯十万円を握りしめて上京したのです。

行った先はクラシックギター販売では著名な、都内のK楽器店です。調べた限りでは、10弦ギターを売っている(とおもわれた)店がそこくらいだったのです。今でこそ小売店店員はお客にハラスメントされ放題のご時世ですが、当時は逆で、ましてや楽器店などお客は緊張して店に入らざるをえないものでした。

この時代の楽器店は、「あーん?ギターがほしい?ふーん、しょうがないナ、売ってやるカ」と、タバコを吹き付けながら接客していたという裏話を聴いたことがあります(注:真偽不明)。

くだんのK楽器店もやはり敷居が高く、おそるおそる店員さんに、「あのー、すみません、10弦ギターを探しているのですが…」と低姿勢で声をひそめて話かけました。すると開口一番──

「あーん、10弦ギターだと?あんなもん、イエペスのような異常な天才だけが弾けるものだ、だれでも弾けるものぢゃない(、だーら、おまえみたいな若造のド素人がとうてい弾けるもんじゃないっ、そもそもドシローの分際で弾こうと思うこと自体おこがましいっ、身の程わきまえろ!!)」と、イキナリのタカビーワードに、若干20代前半の経験不足の若輩者はひたすらおそれおののくばかりなのでした。

注:()の言葉は、たぶんこう言いたかったんじゃないか劇場です。

そして、さらにこうきます──

「ちょっとおまえ、これを弾いてみろっ」とやにわにギターを取り出し、いまこの眼の前で弾けと攻めてくるのです。

ただただ予想だにしなかった展開に、その勢いに押さるまま、おずおずと手にしたギターでテキトーなフレーズを弾き始めるやいなや、

「あーあー、そんなんぢゃあぜんぜんダメだ!そんな弾き方をしていてはダメだっ。いままでロクなギターを弾いてこなかったことがまるわかりだ(この程度で10弦がほしいなんて以下同文)」

と容赦のないダメ出し。いくらこちらが年下の若造とはいえ、初対面でこれはなかなかのもんです。今なら動画を撮られて即炎でしょう笑。

…で、こう続きます。

「そんな弾き方を続けていると、将来必ずギターが弾けなくなる。なぜなら…」

この後、解剖学的な見地から、今の弾き方がいかに筋肉を痛めていくか、その結果どうなっていくかを、いくぶんかの恐ろしさを交えて詳しく説明してくれました──

たしかにそのご指摘どおりで、実際に、長時間弾けないこと、肩や背中がスグ痛くなることなど日頃から違和感を感じていました。若さゆえ見て見ぬふりをしてきたのですが、いまやその原因が明確となり、想像だにしなかったショーゲキを受けて頭が半分白くなりながらも、じゅうぶん納得は得られるものだったのです。

で、次の展開:

「そういうクセは直さなければならない。それには、弾きやすいこういうギターでやれ」

と取り出したのが、なんとラミレスの6弦ギター。

???もはや10弦ギターなぞなかったことになり、これまた予想外の展開に目が点になるばかり…

「ちょっと弾いてみろ…ほら、ぜんぜん弾きやすいだろ?(おまえは、こういうギターからやり直せ。10弦なンぞ考えるナ!)」

注:()内は以下同文。

で、もう推されるままにラミレスのギターを買うことになったのです…

──みなさま、ご安心ください、所持金で買えてますよ笑。

このとき薦められたラミレスのギター、お値段はなんと5万円也!(ハードケース付・まだ消費税がない時代)。耳を疑いましたよ。当時ラミレスの10弦ギターがたしか85万円だったような…6弦でもだいたい50万円~だったんぢゃないかな。

それがあーた、たった十分の一ですよ!ダマされてるんぢゃないか、ラミレスの”ラ”がLだとか、「ラミレズ」となっているパチモンぢゃないか、ずっと半信半疑でした。まあ天下のKがそんなモン売るわけないのですが、それくらい信じられなかったのです。

当時は勉強不足で、高額なラミレスにもEstudioシリーズという、低価格のいわばエントリークラスがあることをずいぶん後になって知りました。

たしかに、それまで弾いていた楽器(10弦なんですが…)に比べるとぜんぜん弾きやすさが違います。それは理解しました。けれど、10弦買う気満々がいきなり5万の6弦なんて、信じがたい落差を感じました。

けっきょくこのことがきっかけで、急速に10弦どころかギターそのものへの情熱が消え去ってしまい、くだんのラミレス6弦も、ほとんど弾かないままその後15年間ケースにしまったままになってしまいました。あげくのはてギターを弾くこと自体をやめてしまったのです。恋のおわりです。自分は10弦が弾ける天才だ笑となかば天狗になっていたのが、完膚なきまでに叩きのめされたことで、10弦への恋心どころかギターそのものへの愛までも喪ったのでした──


…しかし、おまけの動画は2020年頃の収録になっています。これは他人の動画ですか?いまおおはやりのフェイクですか?これまでになにがあったんですか?

そんなミステリー?はしばらく熱冷まししといて笑、ここいらで少しく、楽器店らしく、ギター講師らしく、実用的なギターネタをお届けすることにします。

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