「ヤンソンさんの誘惑」の話
先日、グループプレゼンテーションをすることになり、友人とパワーポイントを作っていた。ふと、そういえば2年前もこういうことあったよねと、一つのパワポ資料を二人で一緒に編集したことを思い出した。スウェーデンと日本について、というぼんやりしたテーマこそ頭の片隅に残っていたものの具体的な情報を何一つ覚えていなかった私と対照的に、友人は「ヤンソンさんの誘惑」というワードだけは鮮烈に記憶に残っていると言った。「『ヤンソンさんの誘惑』⁉そんなインパクトある名前、なんで覚えてないんだろう?」と首を傾げながらもパソコンを捜索してみると、奇跡的にプレゼン資料のデータが生きていることが判明した。
作業中のファイルは放っぽって、早速ファイルを開く。起動させたスライドにはイラストや図表がふんだんに用いられていて、アニメーションまで加えられているあたりに当時の自分たちの真面目さを感じた。なんなら凝りすぎているのではとすら思いながらスクロールしていくと、いた。やつが。「ヤンソンさんの誘惑」が。英語の授業だったので「Jansson's temptation」という名で。「ほんとだ―!これか!」と、大したことでもないのに隣の友人に向かって高らかに報告する。「ヤンソンさんの誘惑」とは、じゃがいもとオイルサーディンを用いたスウェーデンの伝統料理で、どうやら私たちは食文化の比較をしていたらしい。よく頑張ってたなぁ私たち。さぁ今回も頑張らねば、と気合を入れ直した。
その二日後。流れていたテレビを起き抜けの怠惰で見ていると、「世界のミリしらグルメ!」なるコーナーが始まった。モンゴル、ネパールと一緒に特集されていたのはスウェーデンで、芸人さん4人がレストランでロケをしている。透明の板に隔てられながらも抜群の連係プレイで笑いを届ける彼らを空っぽの頭で眺めていると、「では、食べる前に、問題です!」と進行役のアナウンサーさんが突如として声を張る。
「『ヤンソンさんの誘惑』とはどんな料理でしょうか?」
――知っている……このワード、なぜかめちゃくちゃ聞き覚えがある。しかも、記憶を辿る必要もないくらい、直近。
(ポテトと、オイルサーディン……!)
心の中で回答する。もし私が出演者だったなら、光の速さで正解して、プロデューサーを困らせていただろう。視聴者でよかった、などと不必要すぎる安心をする。
「ヤンソンさんの誘惑」という、一生口にすることがない人もいるかもしれない異国の伝統料理の名を、私はこの3日間で7回は言った。そして、今も、書きながら、脳内でしゃべっている。「ヤンソンさんの誘惑」。「ヤンソンさんの誘惑」。「ヤンソンさんの誘惑」。どことなく韻を踏んでいて、言いたくなるリズム感だ。ここまでくるともう、なにかの魔法の言葉のように思えてくる。抜群のインパクトとリズム感を兼ね備え、最後の使用から2年も経ちながら、友人の頭に残り続けた魔法の言葉。いつか、食べようと思った。ただし、オイルサーディンは苦手なので、作るならコンビーフで代用して。「ヤンソンさんの誘惑」の誘惑だと思った。
Special Thanks: Tasty life | 暮らし・食事・読書の日記帳 様
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?