『メスとたましいのブログ』第10ターン;自然という言葉に潜むバグ
こんにちは。獣心力の『メスとたましいのブログ』です。
前回は、教科書では見かけるけれども実際には珍しい(と思われる)鼻の中の異物の話題をお届けしました。今回はそれと同じぐらいレアなケースのお話です。
先日の夜間病院での診察で猫ちゃんの子宮蓄膿症の受診が1日で2件もありました。そのうちの1件は私が担当しまして、2頭とも無事手術を終えて主治医の先生へとバトンタッチすることができました。
犬の子宮蓄膿症は決して珍しい話ではありませんが、猫ちゃんではあまり出会うことがない病気です。私もこれまでに手術を担当させていただいたのは両手で足りるほどでしょうか。。。さらにそれが一晩で2症例も来院したとなると、さすがに初めての経験かもしれません。
当然ですが不妊手術を受けていないメスのワンコやニャンコが罹ってしまう病気で、ある程度の年齢に達してから出てくることがほとんどです。詳しい病気のメカニズムは省略しますが、人間とは異なる繁殖生理を持つ犬や猫が発症するもので、人間にはまず起きない病気ですから、何がどうしんどくて、どれくらい命に関わるものなのかが想像しにくいところはあると思います。
それも相まってか、、、今回のケースではそこまで詳しくお聞きしていないのですが、日常的によく我々がお聞きするのが「できるだけ自然な状態で生活させてあげたいので不妊手術は受けさせない。」というご家族のお気持ちです。
確かにそのお気持ちが分からなくはありませんし、犬猫の不妊手術に関しては本当に様々な意見や主義主張がありますので、ここで「正解はこうだ!」と書いて論争を巻き起こすつもりはありません。
ただ「自然な状態」という言葉をどういう意味で用いるかによって話は大きく変わってくるかもしれない、ということだけはお伝えしておいた方が良さそうです。
犬や猫、特にいまだに「ノラちゃん」として野生で生活する個体が少なくない猫にとって、完全に「自然な状態」というのは、性成熟、すなわちメスであれば妊娠することができる準備が整い気に入ったパートナーがみつかれば繁殖行動をとる状態、と言えなくもありません。
さらに言えばノラちゃんであれば年齢を重ねるほど、病気以上に交通事故や猫同士の闘争、飢餓で命を落とすことも増えてきます。交通事故を「自然」と呼ぶのはいささか強引かもしれませんが、それでも人間社会の中で野生動物として生きるノラちゃんにとってはそれも一つの「自然な状態」とは言えるでしょう。
家の中で飼育されていることが異常とは勿論言えませんが、少なくとも野生ではありませんから、不慮の事故、不慮の喧嘩、飢えに見舞われることはありませんね。当然寿命は伸びていきます。先日も19歳の元気なニャンコに本気で怒られました(汗)
寿命が伸びれば、若くして亡くなった場合には罹らなかった病気に罹ることも増えてきます。それは家猫にとっては「自然な状態」ですが、猫全体にとっては必ずしも「自然な状態」ではないことは、先ほどの例でお分かりいただけると思います。こうなってきますと何が「自然」なのかが分からなくなってきます。
そして同じことは、狼をルーツに持つ(ここも実は色々な説があるのですが、、、)とされる犬についても言えるでしょう。
「自然な状態」という言葉は一見尤もらしく聞こえますし、そこに動物への愛情が込められている場合も少なくありません。ただ使う文脈においてはある種の“バグ”を発生させてしまいかねない言葉でもあるということです。
家の中で人間と一緒に生活させることを人間が選択した時点で、その動物は自由に狩りをしたりゴミを漁ったりすることもなければ、自由にパートナーを選ぶこともないし、自分で死場所を決めることもまずありません。そういう動物にとっての「自然な状態」とはなにか。そういうことをご家族と一緒に考えていくのも、獣医師や愛玩動物看護師の仕事の一つだろうと私は考えています。愛情があるからこそ、どういう道がベストなのか。それぞれの考え方はあると思いますが、我々獣医療のプロはプロとしての考えを伝えていくのが社会的な責任だと思います。
そんなことを考えてふと思ったのは、とはいえワンちゃんに比べると猫ちゃんの方がオスもメスも不妊手術を1歳頃までに受けていることがほとんどですから、そもそも猫ちゃんの子宮蓄膿症は少ないんですよね。当たり前と言えば当たり前の話だったんかい!!と独りツッコミを入れておきます。
皆様にとって考えるきっかけ、ヒントになれば幸いです。
それでは、今日も動物たちとの幸せな生活を楽しみましょう!
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