掌編小説 プリンセスの館
給料日と金曜日が重なったので、俺は同僚と新宿に飲みに行った。1軒,2軒と、はしごしているうちに終電の時間となり同僚達はあわてて帰っていった。
俺は、飲み足りないような気もしていた。いや、酒は足りている。でもなんだか家に帰る気がしなかったので映画館に入りオールナイトを2本見た。
時刻は4時を回ったところだった。始発まであと小1時間ある。なんだか眠気も吹っ飛んでしまった。朝4時といっても金曜日の歌舞伎町のコマ劇場前は昼間のような賑わいだった。まだ中学生ぐらいに見える膝上20cmぐらいのスカートをはいた女の子が噴水の前に座って携帯電話で誰かと話をしている。援交の商談でもまとめているのだろうか?
声かけてみようか、とも思ったが、横からガラの悪い男が出てこないとも限らないので、やめておいた。しょうがない。24時間営業のファーストフードにでも入って始発までの時間をつぶすことにしよう。
そう思って歩いていると、大きな看板を持った緑色の顔をした大男が話しかけてきた。
シュレックだ!!!看板には「プリンセスの館」と書いてある。
「兄さん、遊んでかないか?早朝料金で20000円ポッきりだ」
そういえば最近風俗もご無沙汰だ。
「女の子も可愛い、本物のお姫様ぞろいだ」
本物のお姫様が風俗にいるか???と思ったが、面白いじゃないか。ポン引きまで仮装しているなんてなかなか気合が入っている。俺はシュレックについていってみることにした。
シュレックは俺をごちゃごちゃした歌舞伎町の狭い路地にある風俗街に連れて行った。プリンセスの館は、雑居ビルの7階にあった。プリンセスの館の受付は風俗らしくなくすっきりとしたオフィスのようなところだった。PCが3台ほど置いてあったが客は誰もいなかった。受付では顔色の悪い40ぐらいの女が座って漫画本を読んでいる。
「このPCで、それぞれの姫の部屋が見られる。ライブカメラがあるのでチャットもできる。プリンセスの館には5人の姫がいる。このPCを使って好きな姫を選んだら、個室に行くだけだ!料金は基本料金90分20000円、スペシャルサービスは10000円の追加だ。スペシャルサービスの出来ない姫もいるから事前に確認するんだな、それじゃ、お楽しみの始まりだ」
それだけ言うと、シュレックは行ってしまった。また客引きに戻るのだろう。
俺はPCの画面を見た。メニュー画面はこんな感じだ。
白雪姫の部屋
眠れる森の美女の部屋
シンデレラの部屋
人魚姫の部屋
オデット姫の部屋
やはり姫は5人だった。俺は一番上の白雪姫の部屋をクリックしてみた。
山小屋風の部屋に、透き通るように色の白い可愛い娘が座っていた。
「おはよう。白雪姫」
と言ってみた。娘の顔が見る見る紅潮した。姫の部屋からも俺の顔が見えるようだった。案の定一つ目小僧のようなライブカメラがPCの前にセットしてあった。
「おはようございます。王子様」
「これから遊びに行ってもいいかな白雪姫?」
「白雪姫はますます恥ずかしそうな顔をしてうつむいた」
白雪姫はか細い声でいった。
「わたくしは、体の大きな殿方とは遊びなれておりませんので・・・」
白雪姫の後ろにある柱には腰ぐらいのところにしるしがつけてあった。
「この柱のしるしよりも身長の大きい方と遊ぶことは出来ません」
小人専用か…。
残念だったが、PCの選択画面に戻り、眠りの森の美女をクリックしてみた。
すると、天蓋のかかった豪華なベッドに彫像のように美しい娘が眠っていた。
「おはようスリーピングビューティー」
といってみた。娘が起きる気配はない。本当にきれいな娘だ。考えてみたら俺は徹夜したので、こんなきれいな女の横でぐっすり眠るのも悪くない。
でも、まあ眠るんだったらうちに帰ってからで十分だ。他の姫にもあってみることにするか。
次に、シンデレラの部屋をクリックしてみた。シンデレラは、片足にだけガラスの靴をはき、うっとりその足先を見つめている。片手にはかぼちゃの馬車の御者からくすねたと思われるムチ…。きれいだが何だか気の強そうな女だった。
「おはようシンデレラ」
シンデレラは、こちらをちらりと見ると、
「シンデレラ女王様とお呼び。私と遊びたいのなら,先ずひざまづいて靴をお舐め」
といってムチをぴしゃりと空打ちした。
俺にはそういう趣味はなかったので、次の姫に会ってみることにした。
次は人魚姫の部屋だった。
人魚姫は入浴中だった。こいつはいつも水の中なのか?
燃えるような赤毛のなんだかセクシーな女だ。
「おはよう人魚姫」
人魚姫は俺の声に気がつくと、驚いて胸を隠した。
「おはようございます。王子様。私のところに遊びにいらしてくれるのですね?」
というと、人魚姫は嬉しそうににっこりと笑った。
「ひとつお断りしておかなければならないことがあります。通常のサービスは出来るのですが、私にはスペシャルサービスというものはできないのです。なぜならば…」
俺はちょっと迷った。そうだ、人魚姫の下半身は魚か…。それでもいいか…とも思ったが最後のオデット姫に会ってみてから決めようと思った。
オデット姫はバレエ白鳥の湖の衣装で、床にへたり込むように座っていた。本物のバレリーナのようなほっそりとして、しかもしなやかな感じの筋肉のついた体をしていた。
「おはようオデット姫」
「おはようございます。王子様」
というと、オデット姫の大きな瞳から涙がぽろぽろこぼれた。
「ジークフリード様は…悪魔の娘との結婚をお誓いになられたのです…」
「まあ、そう泣かないで、俺と遊んでくれよ。少しは気分も晴れると思うよ」
「私と遊んでいただけるのですか?」
オデット姫は少しだけ嬉しそうな顔をした。
「君を指名したいんだけど、どうしたらいいのかな?」
「それでは受付嬢に、オデットを指名すると伝えていただければけっこうです」
俺はPCの前から立ち上がると、受付の女にオデット姫を指名すると告げた。
「それではこの廊下の突き当たりライトの点滅している部屋がオデット姫の部屋となります。ゆっくりお楽しみください」
と受付の女は言った。
ちょうど、雑居ビルの窓からは西武新宿線の高架線と白み始めた空が見えた。まさに夜が明けていくところだった。
俺は、期待に胸を…いや、下半身を膨らませながらオデット姫の部屋へ向かった。
ドアを開けて俺は言った。
「やあ、オデット姫、会えて嬉しいよ」
「くおーっ」
そこにいたのは、白くて大きな鳥だった。
(了)