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小説魔界綺談 安成慚愧〜九十六

隆房は馬上で待っていた。

自分自身と父、興房がつくりあげた大内家が自らの意志で滅びゆく刻を。

美しく。

それだけが隆房の願いであった。本意でなかったとはいえ己の行いを少しでも浄化をすべく。そして、それが大内義隆という男の責任であると、隆房は己の魂に言い聞かせていた。兵は隆房の命を待ち、静かにその刻を待っている。立て籠もる敵は全て身内である。兵達にとってもこれ以上の無益な殺生は望むものではなかった。

「御屋形様はまだご決断なさらぬか。」

小さく呟いた。

隆房が一声かければ兵は動く。隆房は右手の鞭を強く握った。鈍い痛みが走る。その痛みは忘れもしない大三島での屈辱の痛みであった。その痛みにまた新たな痛みが加わりそうであった。それは、主殺しという禁断の痛みである。もう賽は投げられている。この後に及んでも隆房は迷っていた。そしてその迷いは隆房の麾下の将と兵全ての想いであった。

隆房は兵を突入させる機会を失い、ただ馬上で主の死を待っていた。それは義隆自身が自ら命を断つ事である。

「御大将!もはや刻はない。下知を下されい!」

隆房の背後から大音声が鳴り響いた。

兵馬を掻き分けて一人の武将が近づいてくる。隆房と共に武断派の領袖である内藤興盛であった。すでに老境を迎えている興盛は隆房の反乱に対して最後まで慎重な姿勢を崩さなかったが、隆房の背後に毛利元就がついたことを知り、意を決して参戦した大内家譜代の重臣である。

この内藤興盛の参戦により大内義隆の敗北は決したといっても過言ではなかった。冷静で慎重な興盛が離反したことにより、主だった重臣達は冷泉隆豊を除きほぼ全員、隆房側に馳せ参じた。その数は日増しに増え瞬く間に1万を超えた。興盛は勢い、この反乱軍の副将のような立場となり、事実上には義隆を追い詰める作戦を立案し、それを大将である隆房に遂行させた。

興盛には計算があった。

この冷静沈着な老将の目には新しい中国の覇者が見えていたのである。

その名は毛利元就。

興盛の娘は元就の嫡男、隆元の正室として迎えられていた。興盛は早くから毛利元就の力量を高く評価しており、内藤家の命運は毛利と共にすると決めていた。

元就は自分にとって大内義隆がいかに脅威であるかを知り尽くしていた。だからこそ徹底した忍従と忠誠を大内家に誓っていたが、それは時期を待ち義隆及び大内家を葬るための時間稼ぎであったに過ぎない。元就は相良を取り込み、興盛を取り込み、大内家の屋台骨を少しづつ揺らがせていた。それは義隆と一心同体である猛将陶隆房を切り離す工作でもあった。元就は義隆を滅ぼすには隆房の離反しかないと考えていたのである。

そして時は満ちた。


「これ以上の刻は不要じゃ。敵将の首を上げねば我らの勝ちはない!」

興盛は馬を隆房の側に寄せながら再度、大音声を発した。それは隆房だけではなく全ての将兵に伝えるためであった。

齢50を過ぎた興盛にとって、今回の反乱はまさに一族を賭けた大勝負である。隆房の侍大将としての器は認めているが、同時に隆房の弱点も知り抜いていた。隆房にとって義隆は芸術である。その芸術は最後まで美しく大内の当主として威厳に満ち溢れたものでなければならぬ。そして義隆にはいまだその資質がある。そう信じている。いや信じようとしている隆房の優柔不断さこそがこの完璧な作戦のたった一つの「穴」であった。そのことは元就からも指摘を受けていた。謀反に正義をもたらすためには、敗者に徹底的な屈辱を与えなければならぬ。義隆の首を晒して、初めて謀反は正義の行いとして認められるのだ。

「隆房殿。もはや情けは無用。万が一、御屋形様に筑前になど落ちられれば、いかにする。」

痩身の身体を隆房に寄せ興盛は今度は兵に聞こえぬように囁いた。

「もはや逃げる隙間などない。」

隆房は吐き捨てるように言った。味方とはいえ、隆房にとって興盛の打算に満ちた行動は隆房の美意識に適うものではなかった。何よりも義隆と自分の「語らい」の中に興盛ごとき男が割って入ってくるなど許されるものではない。

興盛は戦には必要な味方ではあるが、隆房にとってはそれだけのための「道具」のような男だ。「道具」が使い手に意見するなどあってはならぬ。隆房は興盛を睨みつけた。

「隆房殿。お気持ちはわかる。しかし、これ以上兵を待たせると兵に動揺が走る。そもそも身内通しじゃ。情けに負けて囲みが緩くなることもあろう。隆房殿が下知しにくければ指揮をわしに任せてもらえぬか。隆房殿は見ているだけでよい。」

「見ているだけでよいだと・・。」

興盛の言葉に隆房の眉間に皺が刻まれた。この男の感情が抑えきれなくなった時の癖である。

しかし。

理は興盛にある。

それは日ノ本一の侍大将と言われた陶隆房にとっては自明の理であった。

その時。

前方の兵からどよめきの声が上がった。

大寧寺の門は開かれたのだ。

「あれは・・。」

隆房と興盛は同時に声をあげた。

大きく開かれた門から一人の武将が現れた。

隆房にも興盛にとっても見慣れた男であった。

隆房は声をあげた。

「冷泉・・。」




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