魔界綺談 安成慚愧〜九十九
號!
隆豊の両刀が音を立てて唸りを上げる。
眼前の槍を叩き斬ると、目も止まらぬ速さで、その槍を持った兵を足蹴にし、宙を舞った。
隆豊を狙った槍ぶすまは目標物を失い、同士討ちを誘った。
ぐわっ!
兵達は互いの槍で傷つけあい倒れこむ。
ざん!
おのが身体を宙で回転させ、隆豊は着地するやいなや、地面を蹴り上げ突進する。そして正面の兵を叩き斬る。陣形が乱れた。
「引け!距離を取れ!」
興盛が指示を出す。
一緒乱れた陣形は素早く展開し、再び隆豊を大きな円で包む。
「繰り出せ!」
再び槍ぶすまが隆豊を襲う。
ぶん!
今度は隆豊は己を駒のように舞わせ、両刀で襲いかかる槍を振り払う。
そして今度は後方の兵に向かい跳躍し、斬り倒す。
「引けい!」
興盛の指示が飛ぶ。兵は距離を取り隆豊を三度槍の円で包む。興盛の指示は的確であった。獣を狩るように隆豊を追い詰めていく。
隆豊は大きく肩で息をついた。
「繰り出せ!」
槍が一斉に隆豊めがけて繰り出される。
せいっ!
隆豊は左足でおのれに向かう槍を蹴り上げ、右手の大刀で胸元に迫る槍を払い、同時に左手の刀を捨て、繰り出される槍を掴む。
がら空きになった右脇を槍が掠める。
ち。
右足で跳ね上げようとし、隆豊は体勢を崩した。その右の太腿に槍が突き刺さる。
隆豊は砂埃を上げて倒れ込んだ。
「冷泉殿!」
思わず隆房は声をあげだ。
「討ち取れい!」
興房が冷酷に言い放つ。
倒れた冷泉に目掛けて槍が幾重にも折り重なるように繰り出された。
ぶうん。
隆豊は太腿に突き立てられた槍を引き抜くと、その槍を横殴りに振り回した。隆豊の身体を貫くはずの槍を強引に振り払う。その勢いでくるりと立ち上がると、右手と左手の刀と槍を持ち替え、槍をまるで槍投げのように放った。
「興盛!冥土の旅立ちへの礼じゃ!」
隆豊の手から離れた槍は一直線に馬上の興盛めがけ唸りをあげて飛んだ。
「うおっ。」
慌てて興盛は手綱を引き馬首を引き上げた。そうせねば槍は興盛の胸板を貫いたであろう。
ぐしゃっ!
槍はいやな音をたて興盛の馬の首を貫いた。馬は嘶く間もなく横倒しに倒れた。
どう!
興盛は馬から逆さまに投げ出され、したたかに頭を打ち付けた。
「お、おのれ。。」
興盛は顔を朱に染め、立ち上がろうとしたが打ち所が悪かったのか、すぐに立ち上がることはかならず、無様に両手を宙に舞わせ、犬のように四つん這いになった。そのおのれの姿がこの老将の理性を失わせた。
「鉄砲隊!冷泉を撃て!」
「待てい!」
隆房が叫んだが、隆豊に恐怖を抱いている兵を止めることはできなかった。
どん。どん。どん。どん。
轟音が鳴り響いた。
火花と白煙が隆豊を包む。
隆豊は無数の銃弾を受け、後方に弾き飛ばされていた。さしもの隆豊も銃弾の雨を防ぐ手立てはもっていなかった。
「待てい!」
隆房の怒りが爆発した。馬を飛び降りると、興房を蹴り倒し、小走りに鉄砲隊の指揮をとっていた物頭を目にも止まらぬ速さで斬り捨てた。
「陶殿何をなされる!!!」
興房が叫んだ。こともあろうか内藤家の家臣を斬り捨てるとは、いかに隆房が全軍の大将であるとはいえ、他家の家臣を斬る権限はない。それだけはない。隆房は最も重要な同盟相手を足蹴にしたのである。
「陶殿!気でも狂われたか!」
内藤家の家臣たちは口々に隆房を非難した。内藤家の諸将が隆房を取り囲もうとすると、隆房の家臣達がその間に入る。一気に不穏な空気が流れる。
「隆房。勝ち戦で無駄な騒ぎを起こすな。」
その声に一同は一斉に振り返った。
白煙がまだ立ち込めている。
その白煙の中に血まみれの冷泉隆豊が立っていた。