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小説魔界綺談 安成慚愧〜九十八

まさに阿修羅であった。

隆豊ひとりに寄せ手は大混乱となった。

隆豊の大刀が煌めく度に血飛沫が飛び、腕や首が宙を舞った。

兵達は反撃する暇もなく木偶のように叩き斬られていく。それは隆豊と滅びゆく大内家の鎮魂の儀式のようであった。

「見事なり。」

隆房は思わずそう声を発し、拳を握りしめた。武将たる者の最期はかくありたい。冷泉隆豊という武将の命の炎がが激しく隆房の心を打った。

隆豊は兵を蹴散らしながら隆房のいる本陣に突き進んでくる。たった一人の武将がまるで精鋭部隊の突撃と同等の破壊力を持っていた。

「陶殿!指揮をとられい!」

隆房が魅入られたように隆豊の働きを見つめている横で内藤興盛が叫んだ。

兵は将によって動かされる。放置しておけば、兵は恐怖に支配され、隆豊一人によって崩壊させらてしまうかもしれない。命をすでに捨てている隆豊と違い、勝ち戦の将兵は誰しも命を惜しむ。生き残ってはじめて恩賞を受け取れる。勝利を目前にしたものは臆病になるものだ。

「わしが迎え討とう。」

隆房は隆豊を見据えて言った。命を救えないのであれば我が手で討つ。武将としての最大限の敬意を払うべきである。隆房の美学としては当たり前のことであった。

隆房は剣を抜き、馬を進めようとした。

「待たれい!」

興房が隆房を抑えた。

「御大将が敗残兵と一騎討ちなどありえませぬ!御大将は下知だけすれば良い!」

「冷泉殿を敗残兵とな。。そしてわしが冷泉殿に不覚を取ると申されるか。」

隆房はギロリと興盛を睨みつけた。怒りと憎悪がその瞳に宿った。

「冷泉はもはやひとりの敗残兵に過ぎぬ。陶殿が冷泉に劣る劣らぬではない。戦さ場で私情は禁物でござる。陶殿は新しい大内家の大黒柱でござるぞ。」

興盛もまた歴戦の強者である。隆房の怒りに触れても泰然としていた。

「ぬぅ。」

隆房は歯を鳴らした。

理は興盛の言う通りであった。

「者共!!敵は冷泉ただ一人!!押し包んで討ち取れい!!!」

興盛は自軍の兵に命を下した。その命に興房の後方に控えていた内藤家の一軍が一気に隆豊に向かって進む。見事な統率であった。

崩れた前衛に入れ替わり、隆豊をぐるりと囲む。距離をとって包囲されたことで隆豊は不利になった。

興盛 「槍隊前に!!」

興盛は命を下す。

槍衾が隆豊を中心に円を描いた。

「冷泉よ!!せめてもの情けじゃ。矢や銃でお主のような武辺者を討ち取るのは忍びぬ。槍先にて堂々と散るが良い!!」

興盛の言葉に隆豊はニヤリと嗤った。

「その声は内藤興盛か。譜代の重臣でありながら毛利の狐に化かされた愚か者よ。お主の首を冥土の土産にしてくれようぞ!」

「冷泉よ。その意気感じ入った。見事死んで見せよ!!」

興盛は鞍壺を叩いた。

槍が一斉に煌めいた。




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