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小説 人蟲・新説四谷怪談〜二十九


「姉とは、高校卒業してから全く交流はなかったんです…。それが…あんなことに…。」



小岩やえは、聞き取るのも難しいくらいの小さな声で話しさめざめと泣いた。


小柄で、少し癖毛の髪を後ろでまとめ、二重の瞳は印象的だが、浅黒い肌に薄いメイク。


地味で大人しい印象だ。


グレーのスーツに黒のストラップパンプス。


玲子のファッションと比べれば同じ年頃の娘でも違う人種のようにさえ感じる。



「私の両親は早く事故で亡くなりました。その後、私と姉は親戚に預けられ、高校を卒業と同時にそれぞれ就職して自立したんです…。」


やえは肩を落とし、時々、ハンカチで目元を押さえながら、たどたどしく話した。


「つまらないことで喧嘩して、それから音信不通に…。」


そこでやえは言葉に詰まりまた涙をこぼした。


「最後にメールをもらった時に四ツ谷に住んでるというようなことを書いていたので…。新聞で20代の女性の白骨遺体の記事を見たとき…もしかしてと…。」


「なぜ、白骨遺体の記事でお姉さんと繋がったの?なんか不自然じゃない。」


涙するやえに向かい、玲子はズケリと言った。


もっともな疑問だが、そんな直接的な言い方をしなくても良かろうと勝は目線で玲子を制した。


しかし、玲子は勝を無視して、


「お姉さんの死因は何?」


「自殺だ。首吊りだったようだ。」


泣いているやえの代わりに勝が答えた。



「姉はもともと精神的に脆いところがありました。それまでも何度か自殺未遂をしたことがあって…。」


やえは激しく肩を震わせた。



「姉は、預けられた叔父に無理矢理関係を迫られたんです…。育ててやってるんだから、それぐらいの奉仕をしろって…。」


「なんてことを!」


玲子は怒りを露わにした。


「男ってのは本当に獣のようなもんね。」


勝の方をジロリと見る。


「おいおい。男全部を一緒くたにするんじゃねぇよ。…それにしても酷い野郎だ。」



「それ以来、姉は精神不安定になってしまって…。そんな姉を私は疎ましく思ってしまったんです。」


やえは号泣した。


「姉が犠牲になってくれたおかげで私は…私は…。」




玲子と勝はやえの激情が収まるのをただ待った。



やえは、ひとしきり泣き、感情を鎮めると玲子と勝に深々と頭を下げた。


「取り乱してすみません。」


「いいのよ。辛いことを思い出させてごめんなさい。」


玲子は優しくやえに言った。


「後、何かお姉さんのことで知ってることはないかしら?」


やえは首を傾げた。


「民谷伊一郎って人は知らないかしら?」


「民谷?…いくつくらいの方ですか?」


「30歳。」


玲子は答えた。


「30歳…。」


ほんの少しやえの表情が動いたのを玲子は見逃さなかった。



やえは暫く間を置いた。




「知りません。」





カランコロン。



喫茶店の扉に取り付けたベルが乾いた音をたてた。


去って行く小岩やえの後姿を玲子と勝は見送った。




「気に入らないわ。」


玲子が呟いた。


「民谷を知ってるかって聞いたときの反応だろ。そいつは俺もちょいと引っかかったな。」


勝が言った。



確かにあのとき、やえはなんらかの思い当たる節があったような表情を浮かべた。


そのことは玲子だけではなく勝も見逃してはいなかった。




玲子は首を振った。




「そうじゃないわ。もっと…もっと最初から…。気に入らないわ。」






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