小説 魔界綺談 安成慚愧〜九十二
外の喚声が静まった。
炎で寺の柱の爆ぜる音だけが義隆の耳朶を打った。
「自害せよというわけか。」
義隆は軽く鼻を鳴らした。
どういうわけか心が一気に軽くなった。もはや恐怖とも猜疑心ともつきわなくてよい。
あとはただただ無になるだけだ。
義隆は小さく溜息をひとつついた。唇から溢れ出た呼気は微かな白い塊となって消えた。
義隆には死に対する恐怖も憧れもない。
義隆にとっての恐怖とは生きることであり、生きることは際限のない猜疑心との戦いであった。
おのが弟を殺し、おのが父を殺したあの日から。
もはやその苦しみからも解放される。
「隆豊よ。」
義隆は声をあげた。
襖が開き、鎧を外し鍛え抜かれた上半身を晒した冷泉隆豊が現れた。その手には大刀が鈍い光を放っている。
「自害なされまするか。」
「頃合いであろう。」
ふたりは短い言葉を交わした。
冷泉は音もなく義隆の背後に回った。そして大刀を振りかぶる。
「介錯つかまつる」