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人蟲(改訂版4)

中津川家の朝は早い。


執事のオバラは庭の手入れを済ませ、朝食の準備に取り掛かっている。


麹町にある広大な中津川家の邸宅には、オバラの他に数人の使用人がいるが、庭の手入れと朝食の支度だけは他の者にさせることなくオバラが自ら行なっている。

執事だ、使用人だと時代錯誤のようだが、この広い中津川家の邸宅だけは時代が昭和初期から止まっているようだ。それはこの中津川家の特殊な事情による。

中津川家は平安時代から続く陰陽師の一族であり、明治維新までは天皇家に仕えた貴族である。陰陽師ときくと一種、まやかしのようないかがわしさを感じるが、そもそも陰陽師というのは官僚であり、明治維新までは陰陽寮というれっきとした官庁のひとつであった。

明治維新の際に廃止され、陰陽寮につとめる陰陽師達は政治の世界から身を引くことになったが、中津川家だけは明治天皇の自らのご意志により、天皇家に私設秘書のような形で仕えることになった。

その後、中津川家は時の政権に影に大きな影響を与える存在となった。アメリカの占領下の時でさえその影響力が排除されることはなかった。

現在でもその影響力は健在であるが、現当主の中津川玲礼央那は隠然とした関わり方を好まず、公式な政府の顧問として主に中東の外交に尽力をしている。


オバラはこの中津川家で執事をつとめて16年になる。基本的に当主の礼央那は海外駐在なので仕事といってもこの広大な中津川家の管理ともうひとつ。

「オバラーーー!」

毎朝、恒例の叫び声が屋敷に鳴り響いた。若い女性の声である。やや甲高くそれでいて威厳がある。

オバラは紅茶を淹れる手を止め、ため息をついた。


そう。


オバラの仕事の最も重要な任務は、この叫び声の主のお守りなのであった。

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