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小説 人蟲・新説四谷怪談〜三十七


「此は、拙者の妻で岩と申す。」




田宮伊右衛門は、無惨な骸と化した妻の髪を撫でた。




まるで生きるがごとく優しく。





三宅十兵衛は表情を変えず、伊右衛門と対峙する。




「拙者は、捨て子でござった。播州赤穂で打ち捨てられた者でござる。拙者はある浪人夫婦に拾われもうした。」


伊右衛門は訥々と話し始めた。




それは十兵衛に話すというより自分自身に語りかけるように。




「拙者の養父母が申すには、拙者には妹がおったそうでござる。妹はそのまま生みの親が連れて行き拙者のみが捨てられたそうでござる。」


伊右衛門は自嘲するように声を出さず笑った。


「考えてみれば、拙者の人生とは即ち捨てられることだったのかもしれませぬ。」





雪がまた降り出してきたのか、静まり返った庵の天井の軋む音が小さく反響する。




「15歳の時、養父母は流行り病で呆気なく亡くなり申した。拙者は赤穂を出て、江戸に参りました。そこで、ある同郷の高名な方と知り合い、その方から田宮又左衛門殿を紹介され申した。」



「同郷の高名な方とは、赤穂浪人の…。」



口を開いた十兵衛に、ほうっと伊右衛門は反応した。


片頬を歪めにやりと笑った。






「大石内蔵助殿でござる。」






伊右衛門の回顧は続く。




「縁あり拙者はこの岩を娶り、田宮家の婿養子となり申した。捨てられることから初めて拾われたのでござる。」


伊右衛門は顔を上げ、眼を閉じた。


その閉じた瞼から涙が溢れ出す。


「幸せでござった…夫婦ふたりささやかな暮らしでござった。」


伊右衛門はゆっくり顔を下ろした。


そして眼を開いた。


その眼は真っ赤に充血していた。




「又左衛門殿が亡くなられた葬儀の夜から全てが変わったのでござる。その夜、宅悦という年老いた按摩が突然訪ねてきたのでござる。」








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