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小説 人蟲・新説四谷怪談〜二十六


「御側衆三宅十兵衛でござる。」

男は静かに名乗った。


優男の印象とは反対の野太い太い声であった。



「御側衆とは…。」


正三郎は目を見張った。



御側衆とは御側用人直属の組織である。


現在の御側用人の筆頭は柳沢吉保。


幕閣の事実上の支配者である。



その御側用人直属の御側衆が派遣されるということはただならぬことである。



「お役目ご苦労様でござる。し、して、いかなる御用向きで。」


正三郎は震える声で尋ねた。


あまりに遅い下手人の捕縛を叱責されると思ったのである。


「田宮伊右衛門の処断の御用向きでまかりこした。」


男は答えた。




「処断…?」




「柳沢様の命により、田宮伊右衛門儀、生かすべからず。」




「…生かすべからず。。」


正三郎は男の言葉を反芻するように呟いた。


「よってこの三宅十兵衛が手で伊右衛門、斬り捨て致しす。小原殿以下はお役目ご苦労。この後は拙者にお任せあれ。」


男は淡々とまるで台詞を読むように言った。


「はぁ…。」


どう答えていいか、正三郎は気の抜けた返事をした。




男はそんな正三郎に気を止めることもなく、すらすらと襷をかけ、袴を手繰り上げた。



「た、田宮伊右衛門は相当な手練れの上に怨霊が取り憑いており申す。お、おひとりでは万が一のことがあるやもしれませぬ。わ、我が手の者をお貸し致しましょうか…。」


言わでものこととは思いながら正三郎は男に声をかけた。


あまりに自然な男の様子に引き込まれたのかもしれない。




「お心遣い忝く…」


男は身支度を整えながら軽く正三郎の方に頭を下げた。


そして言葉を繋いだ。



「しかしながら、お心だけで結構でござる。かえって足でまといになるゆえ。」




そして笑顔を見せた。


弾けるような笑顔だった。


男は腰から佩刀を抜き、左手に持った。




異様な刀だった。




刀身は通常のものより短く細身で、何よりも異常に反り返っている。


そもそも日本刀は刀身が反っているものだが、男の持っている刀は極端に反り返っている。



正三郎が刀に目を奪われると、男はそれに気づき、正三郎に言った。


「京刀でござる。拙者は京八流を使うゆえ。」



京八流とは剣術の流派のもととなると言われる伝説の流派である。


その名の通り京の都で生まれ、始祖は鬼一法眼という修験者で、源義経がその弟子と言われている。



勿論、正三郎は知らない。


「ははぁ。左様でござるか。」


しかしながら、正三郎はいかにも知っているかのように頷いた。


役人としての反射神経のようなものだ。




男はそんな正三郎をもはや気に留めることもなく、雪を踏みしめ庵の扉に歩いて行った。






真っ白に染まった庵にまるで地獄の入口がごとく真っ暗な内部へ誘う扉。
男はその暗闇に身を溶かす。






「南無阿弥陀仏…。」






無意識に正三郎は経を口にしていた。










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