魔界綺談 安成慚愧〜九十七
開け放たれた門から現れたのは、冷泉隆豊であった。
大刀を二刀、両手に握りしめ、鎧兜はつけず陣羽織だけを羽織っている。
普段の穏やかな表情はなく、眦は釣り上がり、全身から凄まじいまでの闘気が放たれている。
それはまさに冷泉隆豊の真の姿であった。
大内に猛将二人あり。
一人は陶隆房、もう一人は冷泉隆豊。二人が現れると大内の戦は戦わずして勝利を得ると言われたものだ。
この数年、隆豊はどちらかというと軍政より大内家の執事としての働きが主であったため隆房と隆豊の二人が共に戦場に出たのは、因縁の大三島以来なかった。
よもや敵と味方にわかれて戦場でまみえるなど互いに想像もできなかったであろう。
親子二代にわたって大内家をともに支えてきた。あろうことか、隆房自身がその支えるべき柱を炎で焼き尽くそうとしている。
隆房の蜂起に至るまで隆豊は一度もその是非について言葉にしなかった。家中では隆豊が主君義隆に隆房の排除を注進したという噂もあったが、隆房はその噂を信じることはなかった。隆房は誰よりも冷泉隆豊という男を知っているという自負があった。それゆえ、隆房は隆豊にともに義隆を見限ることも要求しなかった。たとえ誰が裏切ろうとも隆豊だけは最後まで義隆に仕えることを知っていたからである。
そして、そんな隆豊の生き方を心の底から「美しい」と思っている。もはや隆房にはできぬ生き方であった。
「敵将陶隆房殿に申す!」
隆豊は大音声をあげた。雷のような声量であった。寄せ手の兵達はその声だけて二、三歩後ずさるほどであった。
「陶殿の裏切りの是非は口にせぬ!ここから先はわしは武将としての最期を飾ることしか考えぬ!寄せ手の者共には顔見知りの者も多いが、武士である以上、これも運命!遠慮はせぬ!一人でも多くお屋形様の道連れにしてくれよう!覚悟せい!」
「冷泉殿!」
隆房は思わず声をあげた。
「お屋形様はいかに!?」
本音と違う言葉が口から出た。
惜しい。。
冷泉隆豊という男がこの世から消えてしまうことを隆房はたまらなく惜しいと思った。しかし、それを言葉にすることは憚られた。隆豊の姿は命を惜しむという言葉をかけるにはあまりに美しすぎた。
「その声は陶殿か!」
隆豊の声にはどこか隆房の声を懐かしむような音が含まれていた。一瞬、隆豊の表情が緩んだように見えた。
「お屋形さまは、自ら始末をつけられよう。わしはいましばし働く所存!」
隆豊はそう叫ぶと大きく息を吸った。
それが合図であった。
隆豊は一つの弾丸となった。
二刀を掲げたまま寄せ手に向かい突撃した。
血飛沫と絶叫が巻き起こる。
闘う獣がそこにいた。