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小説 人蟲・新説四谷怪談〜七


民谷伊一郎が再び「彼女」と会ったのは、あの雨の日から一週間ほど経った夜のことだった。




伊一郎は支援者との打ち合わせを終え、あの時とは逆に信濃町から四ツ谷三丁目の交差点に向かっていた。




湿気の多い熱帯夜だった。



ハンカチで汗を拭いながら伊一郎は歩いていた。



ちょうど左門町あたりに差し掛かったとき。




夜目にも眩しい白いワンピースが伊一郎の目に映った。



あの雨の日以来、「彼女」のことは伊一郎の心の片隅にずっと引っ掛かっていた。


「彼女」の白いワンピースがなぜか伊一郎の記憶に鮮明に焼きついていたのだ。




その白いワンピースが歩道の脇にしゃがんでいた。




どうやら何かアクシデントがあったようだ。




「どうしました?」


伊一郎は声をかけた。



「え?」


伊一郎の声に「彼女」は弾かれたように顔を上げた。




長い艶やかな黒髪に切れ長の目、やや丸み帯びた輪郭。





まさしく「彼女」だった。





「ヒールがとれてしまって…。」


「彼女」ははにかんだような表情で伊一郎に言った。



伊一郎が「彼女」の手元を見ると、折れたヒールを白い小さな手が握りしめていた。



「それは大変でしょう。」


伊一郎は自然に「彼女」に手を伸ばした。



「彼女」は躊躇うことなく伊一郎の手を握って立ち上がった。



その手はあの時と同じように氷のように冷たかった。



伊一郎は辺りを見渡した。


夜といってもまだ時間はそう遅くなく、信濃町と四ツ谷三丁目を結ぶ外苑東通りはまだ車の交通量も多い。



「お家の近くまで送りましょう。車を拾います。」


伊一郎は車道の方に目を向けた。



「いえ…。家はこのすぐ近くなので車で行くほどの距離ではないんです。」


「彼女」はそう言って、そっと伊一郎の手を離した。


そして、折れたヒールの方の靴を脱いで、素足をアスファルトの上にのせた。




夜の闇の中に「彼女」の白い足は生々しい存在感で映えた。




「大丈夫です。歩いて帰りますので。」



「駄目ですよ。それなら私が一緒にお家まで歩きましょう。」


伊一郎は、「彼女」の腰に手を回し、自分の肩を差し入れ、彼女の片足が地面につかぬようにした。



普段の伊一郎にはあり得ない行動だった。





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