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小説 人蟲・新説四谷怪談〜三十一


伊藤梅子が姿を消したとの連絡を古川から、玲子と勝が受けたのは、小岩やえと会ってから数日後のことだった。



梅子は夜遅く自宅を出て、それきり戻らなかったらしい。


古川が忠彦に聞き出したところによると、梅子は誰かに呼び出されて出かけたようだと言う。


ことがことだけに忠彦は正式に伊一郎の件も含めて警察に捜索依頼を出したという。


今朝のことだ。


古川の尽力により、マスコミへの緘口令はうまくいったようで、今のところ報道などはなされていなかった。





「まぁ、正式な捜査が始まった以上、俺たちはお払い箱だな。」


「あんたはそれでいいかもしれないけど、アタシは警察なんか鼻っから信用してないから、勝手にやるわ。」


玲子と勝はいつもの赤坂の喫茶店で顔を合わせていた。



「警察を信用してねぇって面と向かって言われんのは警察官僚として面白くねぇが、俺も乗りかかった船を降りる気はしねぇさなぁ。」


勝は飄々とした表情で言った。


「窓際族の暇潰しみたいなもんだ。陰陽探偵さんの助手を勤めさせてもらうさ。」



玲子はニコリと笑った。


「最高ね。」


普段は高慢な娘だが、笑うと相手の心を思わず虜にしてしまう魅力がある。


勝は一瞬、その笑顔に見惚れ、そのことを誤魔化すように顔をオシボリでゴシゴシと拭った。



「いろいろ調べたこともあるんでね。無駄にするのは癪なのさ。まずはだ。あんたの見たて通り、小岩やえは民谷伊一郎について、いろいろ調べ回っていたらしい。民谷の戸籍なんかを区役所まで調べにいったようだ。勿論、他人の戸籍は手に入らないから骨折り損だったようだが。」


「ということは、民谷伊一郎と小岩やえはなんらかの関係性があるということね。少なくともやえには何か心あたりがあるということね。」

玲子は勢いこんで言った。


「だろうな。」



勝はそこで言葉を切って少し考え込むような表情をした。



「しかし、やえの動きを見る限り、俺たちと会って、民谷伊一郎のことを聞いてからだ。そこがちょいとな…合点がいかねぇが。」


「そうね。でも梅子を呼び出したのは、小岩やえという可能性はあるんじゃない?」


玲子はそう言って頬づえをついた。


「そもそも、小岩さえは死んでいるんだから、実在はしない。つまり、小岩さえを名乗っている人物がいる…。」



「それが小岩やえということか…。」


勝はこめかみに手を当てた。


男にしてはしなやかな指で小気味良くこめかみを叩く。


「可能性はゼロじゃないが、やえは伊一郎と会ったことはないような気がするな。」


玲子は勝の言葉に素直に頷いた。


「ということは、小岩さえを名乗る別の誰かがいるということね。その人間は、小岩やえとも、伊一郎とも、梅子とも関係のある…。」


「そういうこった。」


「それはそうと、伊一郎の両親の件については何かわかった?」


玲子はアイスコーヒーをストローで飲まず、直接ガブ飲みしながら言った。



「今、調査中だ。今日にも報告書が上がってくる。公安の情報は確実だから安心しな。」


勝は立ち上がった。


「それじゃ行こうか。」



「行くってどこに?」




「小岩さえの白骨遺体が見つかったアパートさ。そこが恐らく民谷が通ってたアパートというこった。そしてそこであんたに報告しなきゃなんねぇことがある。」







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