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小説 魔界綺談 安成慚愧〜九十


戦国の世というものは喰うか喰われるか。それは主従の間でも起こる。問題はそこに「正当性」があるかどうかだ。


興房にはそれがあった。


義隆の存在である。


義隆は正当な大内家の次期当主である。弘興が死んだ今、義隆を廃嫡することはできずどのように義興が不満に思っても義隆をおいて大内家の跡目を継ぐ者はいない。


もちろん、義興が義隆を廃することなどありえないことは興房にはわかっていた。


問題は興房自身である。


義興は自分に不信を持ったということは、いずれ自分は義興に殺されるであろう。義興という男がいかに聡明で、そして権力を守るためには冷酷であるかということを興房は腹心であるがゆえによくわかっていた。今は矛をおさめてもいずれは消される。


その恐怖から逃れるためには「殺られる前に殺る」。


単純に義興を殺しても、それは陶家の謀反にしかすぎない。正当性を維持し、陶家が謀反にならないためには・・


それは義隆を義興殺しの共犯にすることである。


興房は我が子五郎を使った。隆房はいまや義隆の寵愛を一身に受けている。なによりも弟弘興殺しの共犯者であり、もはや義隆にとっては隆房は我が身体の一部であった。義隆は日がな隆房と閨を共にし昼夜を問わず交わっていた。


興房にとって、我が子が義隆の性の対象にされることを快く思っていなかった。興房にとってみれば五郎は武将としての資質は抜群であり、いずれはこの中国地方に陶家の名を轟かすに違いない英傑になる。その五郎が主君とはいえ、性の道具にされるなど耐え難い恥辱であった。


しかし、今はそのことが助けとなった。


興房は五郎に命じて、義隆に父義興が義隆を廃嫡しようとしていると夜毎吹き込ませた。


弘興を我が手で殺したことで義隆の精神は平常心を失っていた。


義隆は簡単に五郎の言葉に踊らされた。


五郎の言葉は甘い誘惑であった。


「殿はなにもしなくていいのです。ただもし事が起こった場合、速やかに家督を継がれ我が父を補佐役に置くだけでいいのです。殿は英邁にして気宇壮大、大殿よりもはるかにこの大内家を繁栄させることができきまする。ご決断くださりませ。」


義隆には欲があった。


その欲が父義興の情愛を忘れさせた。


閨で五郎と交わりながら義隆は叫んだ。


「我が父を殺せ!」


弟を殺した義隆は父も殺した。


それからしばらくして義興は突然の病にてこの世を去った。


それが陶興房による毒殺であることを家中全員がわかっていたが、誰もそれを口にする者はいなかった。


なぜなら。


新当主として座する義隆の隣にその陶興房が鋭く冷たい眼で控えていたからである。



続く

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