小説 続ける女〜エピローグ
中津川玲子さま
その節はいろいろとご助言賜りありがとうございました。
もう、吉良義人のことは私の胸の中にしまっておきたいと思います。
彼が「私に呪い殺される」という設定で自殺を行ったことを警察の方から聞いた時、正直、私は憤りを感じました。
彼が私を捨てたのに。
なぜ私にあらぬ疑いをかけるような真似をするのか。
理不尽な行いのように思えました。
しかし、幸いなことに彼の目論みはすぐに見破られたようで、私に疑いがかけられるようなことはありませんでした。
時間が過ぎると、私の中に吉良義人という男に憐憫の想いが芽生えてきました。
彼は私の中では完璧な男性でした。
自分の信念をもって自分の道を進む理想の男性でした。
その彼があんな無様な最後を迎えるとは・・。
あぁ。
それは全て私の責任なのです。
誰かにこのことを話さなければ私は一生自責の念にかられるでしょう。
そのことを中津川さまにどうしても伝えたくこの筆をとった次第です。
吉良義人と私は時々逢っていました。
私が主人と結婚する直前まで。
吉良と私は肉体の関係がありました。
しかし、彼の心は私にはすでになく、そのことは私もわかっていました。
それでもズルズルと関係だけは続いていたのです。
今の主人と出会ってからも吉良との関係は続いていました。
彼が休暇を利用して北海道に戻ってきたり、逆に私が東京に行ったり。
心ない関係であっても惰性のように歯止めが聞かなかったのです。
そんな私を救ってくれたのが今の主人でした。
私は主人と結婚する決意をしました。
しかし。
そのとき私は既に。
吉良の子供を身ごもっていました。
そうです。
吉人と良仁は吉良の子供なのです。
子供の名前に私はそのメッセージを込めたのです。
なんてひどい女なのでしょう。
主人の優しさを私は手放したくなかった。
でも。
吉良の子供も産みたかった。
いや。
産みたかったというより。
身勝手な男に対する復讐というべきかもしれません。
いつか吉人と良仁の存在を吉良が知ったとき、彼は贖罪の念にかられるでしょう。
そして苦しむはず。
そうです。
復讐です。
そんな妄想が私を駆り立てていたのです。
主人が東京に転勤になり、なんの巡り合わせか思ったより早く吉良と私は再会することになりました。
そして、私は彼に子供の名前を告げました。
そのときの彼の驚きと恐怖に満ちた顔。
彼は子供の名前のメッセージを一瞬で理解しました。
吉良は責任をとると言って、私に結婚を迫りました。
主人と別れて結婚するように迫ってきたのです。
私は窮しました。
そして彼を避けました。
彼が主人に会いにいかないかどうか不安でしかたありませんでした。
だから。
私は彼のマンションで彼にしっかり別れを伝えました。
ずいぶん。
ひどい言葉をかけたと思います。
吉良は私に怯えていました。
おとなしくなんでも吉良の言うことを聞いていた小娘が阿修羅のような女に変わり、あらん限りの罵倒をたたきつけたのですから。。
吉良が死んだのはそれから数ヶ月後のことでした。
警察の方から彼が私の生霊の変装をしていたことを聞きました。
吉良は黒いワンピースを着ていたようです。
それは。
私が彼と最後に会った時に着ていた服を模したものです。
吉良はまさしく私という怨霊に取り憑かれたのです。
私が殺したようなものです。
だから。
せめてもの吉良の魂を救ってやるために私は彼の脅迫状のトリックを引き継いでみせました。
それが私の吉良に対する贖罪だったのです。
でも。
もうこれで終わりです。
私は子供のため、主人のためにも生きていかなければなりません。
ただ。
どうしてもこのやりきれない真実を誰かに伝えたかったのです。
いずれ。
私にも報いが下るでしょう。
いや。
もうすでに下っているかもしれません。
最近、吉人も良仁も吉良の面影がはっきりと現れてきました。
主人はそのことに気づいているのかいないのか。
今、私は主人の目に怯えながら生きています。
それもまた私の報いなのです。
もう二度とお目にかかることもないでしょう。
最後に勝手なお願いですが、このことはどうか中津川さまの胸のうちにおさめておいてくださいませ。
私に天罰が下るそのときまで。
大石莉子
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