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小説 人蟲・新説四谷怪談〜三十四


「ちょっと待って?」

玲子は思わず声を張り上げた。


「家賃はずっと払われてたってこと!?」


「そういうこった。死んだ幽霊が律儀に払ってたってことになるな。」



秋の夕暮れは急激に闇に近づく、部屋に差してこんでいた陽は暗い陰に変化を見せていた。




「誰が払ってたの…?」


玲子は勝を見た。あることが頭に浮かんでいた。


部屋の中の熱気はいつの間にか消え、冷んやりとした空気がひっそりと流れていた。


「まさか…。」


「おっと、あんたが考えてることとは違うぜ。」


勝は煙草を揉み消した。


「やえじゃねぇ・・・・ただ・・・。」




勝の横顔が沈む夕陽で深い陰になる。




その陰影は陰惨な雰囲気を醸し出す。



「意外な人物だ・・・・・。」


勝はぎこちなくひとつ咳払いをした。





「伊藤忠彦だ。」




重苦しい沈黙が流れた。





「なんで伊藤忠彦が…。」


玲子は絞り出すように声を出した。



「それは俺にもわからん。調べた事実はそれだけだ。小岩さえがこのアパートを借りた時からここの家賃は伊藤忠彦が払っている。」



玲子は、伊藤の事務所で梅子に聞き出した小岩さえについて話ししたことを思い出した。



あの時、伊藤は随分狼狽えていた。



それは、伊一郎が梅子以外の女性と付き合っていたことに対する驚きだと思っていたが…。




「この一件。相当、根は深いってこった。」



その時。





ガタッ。






ふいに二人の背後で物音がした。



意表を突かれて、玲子と勝はビクッと反応した。


音は和室にある小さな押入れの中からのようだった。



玲子と勝は顔を合わせる。


勝が押入れに近寄り、一気に襖を開く。




何もない押入れの中に。





本が一冊。





どうやら何かの弾みでこの本が倒れた音だったらしい。


玲子はその本をとった。


と、同時に勝の携帯電話が鳴った。


勝が電話に出る。


玲子はその本の表紙を見る。





四谷怪談。





勝が電話を切った。




「伊藤忠彦が事務所で刺された。犯人は民谷伊一郎だ。」








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