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小説 人蟲・新説四谷怪談〜五


民谷伊一郎は今年で30歳になる。


伊一郎の半生はやや複雑だ。



両親を早く亡くした伊一郎は施設に引き取られ、その後、民谷家の養子になった。



しかし、養父母と折り合いの悪かった伊一郎は高校を卒業すると自立し、
仕事先で知り合った政治家の伊藤忠彦に気に入られ十年近く忠彦の私設秘書をつとめた。




伊藤忠彦は二世議員で、その父親の伊藤又一は「政界の妖怪」と呼ばれた大物議員であり、先頃、肺癌で亡くなったが、忠彦はその父親の地盤を受け継ぎ、将来の首相候補と期待される有能な政治家である。




伊一郎は口数の少ないタイプだが、誠実で堅実な仕事ぶりで、忠彦はことのほか伊一郎をかわいがっていた。



今年の春、伊一郎は忠彦の私設秘書を辞め、政治家として独り立ちすることになった。



勿論、それは忠彦の意思でもあり、忠彦は伊一郎の支援を全面的に約束していた。



それだけでなく、忠彦は自分の妹の梅子を伊一郎と婚約させた。


絶対の信頼を伊一郎に置いていたのだった。



忠彦の妹、梅子も伊一郎の人柄や仕事に対する姿勢に深く惹かれており、伊一郎との結婚を望んでいた。



忠彦が伊一郎に不満があるとすれば、伊一郎自身が梅子に対してどう思っているのか積極的に表さないところぐらいだろうか。



梅子は、今年23歳で、忠彦が男の目で見ても、女としての魅力は抜群であり、少なくとも伊一郎が不服に思うところはないであろう。



伊一郎の消極さは遠慮の表れだと忠彦は解釈していた。




いずれにせよ。




生い立ちの複雑さや苦労は今の伊一郎にとって過去のことだった。



全てが順調に進んでいた。






ここまでは。










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