小説 人蟲・新説四谷怪談〜三十
岩…。
やっと逢えたのう。
長かった…。
そちに逢えるのは…
なぜそちはわしの元を去ったのだ…。
「岩は醜いのです。」
そう云ったな…。
わしも醜いと云った…。
わしを恨むとも云った…。
なぜじゃ。
わしにはわからぬ。
ただ。
そちのいないこの世などわしには地獄じゃ。
もはやわしは畜生道に墜ちた。
罪のない忠兵衛殿と梅を斬った。
わしは地獄に堕ちるであろう。
あの世とやらでそちと一緒にはなれぬ。
それでもよい。
こうして。
今一度、そちをわしの腕に抱けた。
それで充分じゃ。
岩…。
寒かったであろう。
寂しかったであろう。
わしが…。
暖めて進ぜよう。
親に捨てられ、肉親の温かさを知らなかったわしは、そちに出逢って初めて人の温かさを知った。
そちだけがわしの妻じゃ。
そちには話さなかったが、わしには妹がおる。
わしの両親はわしを捨て、妹を捨てなかった。
生きていればそちと同じくらいであろう…。
恨んだこともあった。
なぜわしを捨て、妹を捨てなかったのか。
しかし、今はもうよい。
せめて。
幸せでいて欲しいものじゃ。
つまらぬことを思い出してしまったわ…。
そろそろ。
旅立つときか…。
岩よ。
永遠の別れじゃ。
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