小説 人蟲・新説四谷怪談〜二十七
月が雲に隠れた。
梅子はまた四ツ谷にいた。
なぜ足を運んでしまったのか。
伊一郎に対する未練なのか。
はたまた。
怒り、恨みなのか。
いずれも違う気がした。
救いたい。
何を?
何から?
わからない。
梅子は自分が混乱していることを自覚している。
そして、伊一郎のことを本当に愛しているのかどうかも怪しいことも気づいてる。
だからこそ。
もう一度、伊一郎に会わなければならない。
そう
梅子は考えていた。
生まれて23年。
梅子は決して自分が恵まれているとは思わなかった。
しかし、不幸だとも思わなかった。
ただ流されてきただけだ。
父と母が離婚し、母が見知らぬ男と再婚すると聞かされたときも梅子は自分の気持ちを押し殺し、何食わぬ顔をした。
義理の父に襲われた時も、その場を義理の兄に救われた時も、そのことを知っていたのに知らぬふりをした母を見た時も。
梅子はただ受け入れた。
伊一郎はそんな自分と、とても似ている気がした。
肌を合わせてるときも、息遣いを間近で交わすときも。
梅子と伊一郎は、ただ受け入れていただけかもしれない。
お互いを。
日中はまだ夏の余韻を残していても夜になると空気は確実に秋の匂いを運んでくる。
結局、ただ受け入れるだけの自分は「空っぽ」なのだ。
ただ生きているだけの「空っぽ」な肉塊である。
あの晩の伊一郎は「空っぽ」ではなかった。
血の通った存在であることを梅子に感じさせた。
風が吹いた。
その風にふと伊一郎を感じた。
白いワンピース。
あの女が伊一郎に「存在」を与えた。
「存在」する伊一郎は「空っぽ」の梅子から離れて行った。
そのことはただ悲しかった。
ただただ。
あの女が伊一郎に「存在」を与えた。
受け入れられなかった。
月が雲から顔を出した。
月の光が梅子を照らす。
梅子は彼女をここへ呼び寄せた者を待っていた。
梅子の背後から影が伸びた。
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