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S6-2 『テストより難しい問題』(後篇)

 「……うん、、分かりました!じゃあ、また来週もお願いします!」
ちゃんと明るく振る舞えていただろうか?そんなことばかりが頭をよぎる。これはウチの問題で、他所の人を巻き込んではいけない、いや、被害を広げてはいけない。そうやっていつも闘ってきたんだ、誰も頼ってはいけない、と分かっているはずなのに・・。

先生がトイレに行った隙に、先生の机の上に置いてあるスマホをつかみ、ロック画面からカメラを起動させ、インカメラに切り替えた。トイレから戻ってくるまでがタイムリミットだったから、何度も撮り直せないので連写することを決め、自分の後ろにホワイドボードが画角に入るようにし、本当に気づいてほしいことを画角内のホワイドボードの端に書き込んで、そうして口の形を変えながら自撮り撮影を済ませた。笑いとかギャグとかユーモアとか、そういうおふざけやイタズラなんかじゃなく、この人ならもしかしたらこの写真の理由を、、と期待してしまって大真面目にこんなことをしでかした。どうなるか分からないし、スクールバッグや制服など、俺自身ももう把握できていない盗聴器などが仕掛けられているはずだから迂闊にこの件に関しては声を出すことができない、どんなに苦しくて叫びたくても、だ。

 「あれ、どうしたんだ?帰らないのか?」
 「あ、あった!すみません。スマホ失くしたかと思った〜。あったので、帰ります!ありがとうございました〜」

あとのことは神様に預けようと腹を括り、クラスのやつとか友達などにこの自分を見られていないかだけに自意識を集中させながら、本当は進ませたくない足を一歩ずつゆっくりと前へ出し、塾から離れていった。

              <ピンポン>

 「お世話になっています、信二君の塾講師の田中です。本日は進路面談の件で伺わせていただきました」
はーい、今行きますね、というインターホンから返ってくる信二の母親の声は驚きと焦りが含まれているように感じた。そりゃそうだと思う。なぜならバカなふりしてアポなしで家に押しかけたのだから。でもそうすることでしか、予定調和を壊してペースを崩すしか信二を救う方法はないと感じたからだった。

              <ガチャッ>

 「警察です。家宅捜索させていただきます。令状はあるので、すみませんが抵抗なさらぬようお願いしますね」

警察部隊が家の中を探しまくり、捜索願いを出されていた人たちが監禁されていたことを確認し、信二の父親と母親を強制送還した。それは目にも止まらぬ速さで解決し、一瞬で事が過ぎていった。目を丸くしたまま放心状態の信二に気づいた。

 「荒っぽいことをしてしまって、すまない。お前からのメッセージ見たんだ。[お・れ・せ・ん・の・う・さ・れ・て・る・お・や・に]。連写だったから最初はよくわからなかったけど、口の形が変わってるのが12枚あって、それを友達で読唇術できるやついたから分かるか聞いてみたんだ。そしたらそう教えてくれた。何のことか理解はもちろん出来なかったけど、写り込んでるホワイドボードの端に“SOS”って書いてるわけだからただ事ではないなと思ったんだ。でも俺一人で何ができるんだって考えてみたけど、根本的な解決にはならないと思って、今度は警察の友達にも相談してみたんだ。すると、どうやら数年前から詐欺を助長させる組織が横行する事件が多くなってたらしいんだが、その組織には人を洗脳させるエキスパートがいると分かったみたいで、その人物と今回の件が何か繋がることがあるかもしれんということで警察に同行してもらい、突撃したってことなんだ。多分すぐに飲み込めないと思うから、時間をかけて理解していこうな」

信二は放心と緊張が解けて、思いっきり泣いていた。その涙はきっと安堵やこれからの不安や親への罪悪感や、いろいろ分解しきれない感情の表れだったと思う。でも少しだけ安心できた。だっておそらく、本当の感情をやっと解放できるようになったのだから。

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後日、1つだけ気になっていたことを信二に聞いてみた。

 「親に洗脳されてた時期は2年前くらいからって聞いたけど、洗脳されてたなら俺にああやってメッセージ送るのって無理じゃないのか?」

信二は、事も無げにその点について、教えてくれた。

 「あれは何度か受けた時に、これ多分いけないことだって直感で思ってから、耳栓と体をつねることで完全に従う状態を避けていたんですよ。でもあの時、先生に伝えようと思った時、結構僕自身が危なかったので最後の賭けだったというか」

そうか、と俺は信二の目を見て伝えた。本当に無事でよかった、とも。

だが本当に大変なのはこれからで、どうすることが最も正しいことなのか正解という答えなのかは分からないからこそ、少なくとも信二がその答えを見つけて走り出すまでは見守りサポートしようと思う。

 「よし、じゃあ今日も授業始めるぞ」

(完)


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