S6-1 『テストより難しい問題』(前篇)
「82・80・78・85・73。M-1で言ったら絶対予選落ちだな!ただ、まぁ頑張った方じゃないか、今回は」
信二(しんじ)が持ってきた、英・数・国・理・社の答案用紙を見て、ストレートに伝えた。もちろん信二は、少しふてくされていた。
「これ、先生のテスト対策が若干外れてるからじゃないか。だって先生が対策練ってくれたところは8・9割正解してるだろ、ほら」
サッカー部キャプテンでクラスの人気者であろう信二は、何事に置いても負けず嫌いな性格だ。明るいやつでユーモアもあって、ビジュアルもかなりいい方だと思う。もし同世代で同じ学校・クラスにいたら、まあ、間違いなく仲良くなってしまうだろうなというやつだ。そんな彼が何で中2の二学期からわざわざこんな個人塾に通っているかというと、信二にはどうしても行きたい高校があるらしく、そこはサッカーも強く頭も県内でも上位の偏差値、さらに大学進学実績で、スポーツ科学の最先端研究やスポーツ経営学の分野で権威ある教授がいることで有名な築波大学への多くの入学者がいるかららしい。彼の夢はサッカーの欧州リーグに何かしらの形で関わることか、サッカーをはじめとしたプロスポーツ選手をサポートする仕事をすることだと今の段階で決めているそうだ。だから、明るいだけのお調子者ではなく、結構ちゃんとしているやつだと本人には言ったことはないが実は、感心している。
「いやいや、俺も神様じゃないから膨大な定期テスト範囲から百発百中で問題当てるのは無理よ。むしろ8割当てたんだから御の字どころか塾講師としては優秀だろ!?ってか、信二おまえ、俺が伝えた内容以外勉強してなかったってことを俺に白状しちゃってるけど、それはいいのか?!言ってるよな、俺のテスト前対策はあくまでも目安にするのは良いが、ちゃんと満遍なく勉強しろって!これは・・今日の宿題、倍な(笑)」
この鬼が、と信二に言われたがそんなのは無視していつも通り授業を始めた。サッカーも勉強も頑張っているし、ちゃんと真面目なやつだって分かっているから、こいつには当たり強めで少しSっ気を持った愛のムチで接しようと決めている。そうして今日も授業を終えた。
「信二。信二の夢や進路希望に迷いもないだろうし、俺も賛成で肯定しかないからあれなんだけど、そろそろ中3になるからさ、一応親御さんと進路についてすり合わせみたいな面談しときたいんだけど、これ渡して今月中に返事もらっといてくれるか?」
一瞬顔が歪んだような気がしたが、分かったと言って、いつものように信二は帰っていった。
その晩、先ほど見せた信二の表情が気になっていた。親からは反対されている夢なのだろうか、実はまだそこまでちゃんと自分の夢を話していないから打ち明けるのが怖いのだろうか、色々考えてはみるものの今の自分ではその答えが出せるわけもなく、今度、信二に聞いてみようとソファから立ち上がった時、机のスマホが鳴った。
《ゆうたが、あんたの似顔絵描いたみたいだから、その写真送るね〜》
姉からの連絡で、自分が溺愛している甥っ子が俺の似顔絵を描いてくれたことに興奮し、すぐさま写真を保存した。そのまますぐに姉にありがとうと返信し、早くその写真が見たい一心で、写真フォルダを開いた。
もはや俺かどうかは分からない似顔絵だったが、そんなことはどうでも良いくらい可愛いのでオールOKだった。ただ、全然OKじゃない、というか身に覚えのない写真が数十枚撮影されていたことに気づいた。
「なんで信二の自撮り写真があるんだ?」
撮ったのはつい最近らしく、しかも変顔とかイタズラな感じがしない、いたって真面目な感じの自撮りだった。意味がよくわからなかったが、でも何度か見ていくうちに重要なメッセージが隠れていることが分かり、事が重大になりそうな予感がした。
「信二からのSOSだ・・・」
あいつが人に見せずに抱えてきたであろう、大きな闇が突然自分に打ち明けられたと分かり、動揺せずにはいられなかった。
<続く>