窓際の席に座って。
今はもうネットで本がいくらでも読める時代だ。図書室を利用する人なんてまず居ない。
テスト期間中ならまだしも、なんでもない放課後なんて魚の居ない水槽みたいに沈んだ空気だけが流れている。
だから先輩の事はすぐに覚えた。
いつも放課後に同じ席で本を読んでいた。
窓から陽が射すと真っ直ぐな髪が透けて亜麻色になる、その瞬間の横顔が好きだった。
先輩は本を読み、時折窓の外を見つめて頬杖をついた。そうされると私の居る受付からは後頭部しか見えなくなる。
その後ろ姿に早く向き直れと念じながら、いつも過ごしていた。
制服のリボンの色が赤だから三年生。
ほぼ毎日放課後にやって来るから帰宅部だろう。
それ位しか分からなかった。
先輩は本を借りないから、声も、本の趣味も、名前も知らないままだった。
「普通科139名。代表、鈴村桐子」
「はい」
見慣れた先輩の後ろ姿が壇上に向かって階段を登って行く。
「卒業証書、鈴村桐子。本校において普通科の過程を卒業したことを証する」
すずむらとうこ。
すずむらとうこ先輩。
好きな本はなんですか?
いつも読んでいる本はなんですか?
いつも窓から何を見ていますか?
なにもかも聞けず終いだった。
やっと名前を知れたその日、先輩は卒業していった。
「今はもうネットで本がいくらでも読める時代だからさ。図書室を利用する人なんてまず居ないし、気楽にやりなよ」
「はい!」
「わからない事あったら聞いて」
言い終えて窓際の席に座った。
いつも先輩の居た、あの席だ。
ページをめくる指、頬杖をつく手、思い出をなぞるように真似てみるのが、いつのまにか癖になっていた。
「先輩、いつも何の本読んでるんですか?」
「まあ色々」
向き直らずに言った。
「いつも窓から何を見てるんですか?」
「特に何も」
「さっきから質問の答えになってません!」
「そんなにむきにならなくても」
「なってません!」
「なってるよ、その顔……」
いつも窓から見えるのは木々、空、テニスコート、そんな日常のぼんやりとした景色だけだ。
先輩が何をそんなに見つめていたのか、そこに座ったところで分からなかった。
「…あ」
「先輩?」
いつもの席、いつもの窓。
そこには硝子に反射して、受付からこちらを伺う後輩の姿があった。
先輩は、いつも放課後に同じ席で本を読んでいた。
窓から陽が射すと真っ直ぐな髪が透けて亜麻色になる、その瞬間の横顔が好きだった。
先輩は本を読み、時折窓の外を見つめて頬杖をついた。そうされると私の居る受付からは後頭部しか見えなくなって、臆病だった私はその後ろ姿を見つめるだけで精一杯だった。
「とうこ先輩」
いつも読んでいる本はなんですか?
いつも窓から何を見ていますか?
そこに私が居ませんか?
「とうこ先輩」
指で触れた硝子は冷たくて、もう戻れないあの日を遠く隔てていた。
窓際の席に座って 。
時刻は23時27分。 明日が来る気配がしている。 私は自分自身に価値を見出だせず、明日に踏み出す一歩を探している。 時刻は23時27分。時計の音だけが響く。