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道標(前編)

大和田 茂

 高校からの友人、イケさんが肺炎により48才の若さで亡くなった。

1992年、16才の時に出会っているから32年間の付き合いになる。

数字に表してもピンとこない。

心の中で共振した事が鳴り響いていたから、出会った頃のまま続いていたから、
年数は関係ないのだろう。

僕は32年間を短かく感じた。

楽しい時間を沢山過ごしたなあ。

イケさん、まだまだ一緒に遊びたかったよ。

イケさんは歌がうまい。
周りが引くぐらいうまい。
一緒にバンドをやっていた時、僕はドラムスを叩きながら、なんだよこいつすげえじゃん、といつも圧倒されていた。

僕から見えたイケさんの事を少し書かせて下さい。全部は書ききれないし、忘れていることも沢山ある。文章にしてまとめようなんて思えない。

それでも道標として、ひとまず石を置いておきたいんだ。

Take 1 迷宮

 2023年の年末に高校の同級生4人、イケさん、オオタケ、ツジ、オオワダ(オオワダが執筆者)が集まって、渋谷で忘年会をした。

当初飲み会を予定していたMeWeという居酒屋は予約がいっぱいで、敷居すらまたげなかった。この飲み会の幹事をしていたのは僕で、予約無しで入れると高をくくっていたのだが読みが甘かった。そりゃそうだ、忘年会シーズンだ。

ツジに至っては10年近く渋谷に降り立っていないと言っていて、案の定、集合に手間取った。当初の予定から場所が変更になってしまったという要因もあるが、渋谷の街が変わりすぎて、どこにいるのかお互いに分からなくなってしまっていた。

僕もここ数年、コロナ禍の影響もあり渋谷の街をぶらついた記憶はなく、街の変容に驚いた、知らないビルばかりだ。渋谷駅の道しるべであった東急文化会館は跡形もなくなっていた。

それでもなんとか4人は集合をして、路頭に迷いつつも狭い激安居酒屋に潜り込んだ。狭いフロアに、客を詰め込めるだけ詰め込もうという設計の居酒屋で、隣のテーブルが近い。周りは20代~30代とおぼしき若者で賑わっていて、47才の中年達は少し浮いていた。

おじさん達にとっては座って暖かい場所で酒と食事にありつけるだけでありがたかった。

とりあえずみんなで乾杯。

ワイワイと酒盛りが始まった。

高校の時の同級生は気楽だ、前置きがいらない。あっと言う間に10代で出会った頃の顔に戻る。

「最近、どんな音楽を聴いている?」
飲み会の合間に僕はみんなに聞いた。
4人の共通項は音楽好きだったので、単純に聞いてみたかったのだ。

オオワダは
「最近はカーネーションってバンドばっかり聴いているよ」
オオタケは
「チャゲアス、とくに飛鳥のソロ。あとは昭和歌謡かなあ、ちあきなおみとか」
ツジは
「BUCK-TICKの櫻井さんが亡くなったのがショックで、最近はBUCK-TICKばっかり聴いている」
イケさんは
「くるりの新しいアルバムが良くって、よく聴いています」
と言っていた。
3人それぞれの回答に、まだみんな音楽好きなんだ、というのが滲み出ていて嬉しかった。

狭い居酒屋での飲み会の後、4人でカラオケに行き、好きな曲を各々歌った。
「楽しかったね、また来年も集まろう」
とみんなで言い合って、2023年は暮れていった。

 2023年の年末にイケさんがおススメしてくれた、くるりのアルバム『感覚は道標』。

イケさんが言うには初期のくるりのような曲が多いとの事。イケさんはアルバムでドラムスを担当した、初期メンバーのスカート澤部さんが復活したのが要因としてあるのではないかと分析していた。

ジャケ写に映った黄色いトレーナーを着た澤部さんは、イケさんに雰囲気がそっくり。そこもイケさん的には大きなポイントだったらしい。

「澤部さん、俺にそっくりでなんかうれしくなっちゃってさぁ、アルバムもほんとに良いんですよ、聴いてくださいよオオワダさん」
イケさんは目をまん丸くしながら笑顔でおススメをしてくれた。

後から調べると、ジャケットの写真を撮ったのは佐内正文さん。以前、イケさんは佐内さんと撮影現場で一緒になる事が多かったと言っていた。イケさんは広告制作の会社に勤めていて、企画や、撮影現場のスケジューリング、器具の運搬、資金調達、等なんでもこなしていたという話をしてくれた事があった。

イケさんによると佐内さんはよく遅刻をする人だそうで、遅刻をごまかすために現場に着く手前から、周りの風景の写真を撮りまくって撮影していて遅くなったんですよ、的な演技をするのがわざとらしくて憎めないと言って笑っていた。

Take 2 Terminator2

 2024年、僕は『感覚は道標』を結構聴いた。イケさんがカラオケで歌っていた『California coconuts』もエモくて好きなんだけれど、僕のお気に入りは『In Your Life(izu Mix)』になり、アルバムの全ての曲が好きになっていった。
 
 2024年の年末、また4人集まって飲んだ、というか歌った。新宿の小籠包居酒屋をオオタケが予約していたのに、別の団体が入って個室が埋まってしまっていたらしく(詳細はわかりません、ブッキングミスと言うのか)、同じビルの2階のカラオケボックスで飲み会をして下さいと言う運びになった。店員さん曰くカラオケ代は要らないのでいくらでも歌ってください、とのこと。

いつもは居酒屋で飲んでから、カラオケボックスに行くのだが、まあ、結局は同じことだからこの状況を受け入れよう、とその場にいたオオタケと僕とで合意をした。

静かな薄暗いカラオケボックスの部屋で、画面に映し出される宣伝をボーっと眺めながらオオタケと僕の2人でビールを飲んでいて、しばらくするとツジが合流した。
「なんでカラオケボックス?」
ツジの開口一番のセリフは無理もない事だが事情を説明すると、まあよいか、となる。
最後に合流したのがイケさん。
忙しい中駆けつけてくれたようだ。
「なんでカラオケボックスなんですか?」
とイケさんもおどろいた顔をしている。
また事情を説明すると、まあこういうのもたまにはいいよねとなった。

2024年末の同級生飲み会は、終始カラオケを歌いながらという事になった。

サービスドリンクの火鍋カクテルをおたまですくいながら(陰&陽の形のように2つにセパレートされた火鍋の中にそれぞれ違った酒が入っている、見た目のインパクトもある)、運ばれてくる小籠包居酒屋のセット料理を食べる。小籠包や焼き餃子、フライドポテトなどが運ばれてくる。デザートの杏仁豆腐が運ばれてきてセット料理は終了。

それだけでは足りないから、追加で焼きそば、たこ焼きを頼む。サービスの火鍋カクテルはスポーツドリンクに焼酎を入れたような甘い味で、僕は口直しにビールを頼んだりしたが、意外にみんなおたまですくってコップに入れて飲んでいる。火鍋に入っているから結構な量があったはずなのに、1回(2回?)おかわりをしている。

僕にはブドウ味のカクテルもレモン味のカクテルもほぼ同じ味に思えたが、まあ酒ならなんでも良いのかもしれないと思いながら、おたまで酒をすくって飲んだ、甘い。

その間も常に誰かがカラオケを歌っていて、世間話をする体にはならない。

イケさんが歌を歌う度に
「やっぱり、イケさんの歌声はスゲー」
とみんな感心しきりで、最後の方はイケさんの独壇場になっていった。

Extremeの「More Than Words」宇多田ヒカルの「First Love」oasisの「Don't Look Back in Anger」をイケさんに歌って貰ってみんなで感動をする。

カラオケ忘年会の最後はイケさんが歌うGuns N'Rosesの「You Could Be Mine」で締めになった。

4~5時間ほど続いた宴会は、終始ハッピーな雰囲気に満ちたものになっていて、これはこれで良かった気がした。

僕はイケさんと『くるり』の話を少ししたかったのだけど、カラオケでそれどころではなくなってしまった。

Take 3 Dancing in the Moonlight

 新宿は沢山の人が歩いている。2024年12月29日は歩いている人達にとってはどんな日だったのだろう。

インバウンドの観光客がちらほらと見え、23時過ぎなのに観光客の子供達が走ってはしゃぎ回っている、兄弟だろうか、咎める人はいない。

新宿の過剰な電光掲示や行きかう車のヘッドライトで、道路や人々の顔が照らされる。どの人も浮かれた表情に見える。

僕はこの雑踏の中で高校の同級生3人と歩いている事に感謝を覚えた。

俺たちだけだぜ、10代から続く数々のパジャマパーティーをくぐり抜け、共通の友の死を体験し、セッションを一緒にやったり、カラオケを歌ったり、映画を観たりしてきた友達は。

こんな奇跡はありえない。

明るく照らす光はスポットライトの様に思えた。

ツジは
「終電間に合うかなあ」
と言いながら年末のごったがえす人混みのなか、都営新宿線の新宿三丁目駅の方へ足早に向かって行った。
ツジとはここでバイバイ。

イケさんの使う線は小田急線なので、まず、イケさんをオオタケ、オオワダで見送ろうという事になった。イケさんの別れ際は気をつけなければいけない事を、僕もオオタケも良く知っていた。
「朝起きるとさぁ、いないんだよイケさんが」
「ああ、そんな事ありましたかね」
「あったよ、覚えているんだよこっちは」
「だから、今日は二人でしっかり見送るからね」
イケさんはあの時の事を思い出しているのか、笑っている。
改札を抜けると振り返って
「今度は祖師ヶ谷で飲みましょう、オレが幹事をやるんで、ぜひ」
と笑顔で手を振って階段の方へ行ってしまった。

これが僕とオオタケが見た最後のイケさんの姿。

Take 4 ウクライナでLivin’On A Prayer

 2002年頃、イケさんと僕が経堂にあったオオタケの勤める会社の社員寮に何度か泊まりに行った事があった。イケさんは社会人一年目〜2年目。

みんなで独身寮の共同風呂に浸かり、コンビニで買ってきた酒とツマミを狭い部屋で広げ、当時オオタケがハマっていたチェコのアニメーションを観たり、『暗殺者の森』、『花様年華』、『聖なる酔っ払いの伝説』などのDVDを観ながらのパジャマパーティー。

イケさんは自分の好物の菓子パンをカバンに忍ばせていた。
「なんで自分だけ美味しそうな物を隠し持っているんだよ」
イケさんとオオタケは小学校からの同級生。オオタケが冗談交じりにまくし立てる。
「マァちゃん(オオタケはそう呼ばれていた)人のカバンの中身みないでよ、だってお腹空いた時に食べようと思ってさぁ」
イケさんは口をニッと横に開いて笑っている。二人の漫才のようなやりとりは、聞いていて安心感がある。

宴は映画や音楽の話で進み、最後は床で雑魚寝をした。

朝起きるとイケさんがいない。
「なんだよあいつ、またいなくなった」
「ほんと、いつ出て行ったんだろう。物音すらしなかったよね、体調でも悪くしたかな」
僕は若干心配したが、あ、またかぁと思いなおした。

Take 5 くちなしの丘
 
 2001年の冬に、僕の国分寺の一人暮らしのアパートにイケさんとオオタケが泊まりに来た時にも同じ事が起きていた。

この時が高校卒業以来、3人が再会した始まりだった。6年振りの3人での再会。イケさんとはその前から同級生のタクミが亡くなった事もあり、ちょいちょい顔を会わせる機会はあった。

イケさんはまだ日大芸術学部の大学生。僕とオオタケは勤め人になっていた。僕は国分寺の街を紹介したくて、当時行きつけだった『ほんやら洞』へみんなを連れて行きカレーを食べた。次に世界のビールが飲めるという雑居ビルの地下にある居酒屋へ連れて行った。酒を数杯飲んでから僕の住む小さなアパートへ二人をアテンドした。途中でコンビニに寄って酒やツマミを買う。

確かあの時もイケさんは自分用のチキン系の揚げ物とコーヒーをマクドナルドで買って隠し持っていた。隠している訳じゃないのかもしれないけれど、自分用のチキンという事でオオタケのツッコミが入る。
「イケさんだけ美味そうなもんをこっそり持ってるんだもんなぁ」
「マァちゃんも食べたかった?もう食べちゃったよ」
イケさんはイタズラっ子の様に笑っている。

あの夜は小さなテレビで中村一義の『ERA』のDVDをかけたり、『ガープの世界』のDVDをかけたりしていた。イケさんのロビンウィリアムズに関する知識に舌を巻いた記憶がある。

イケさんとはスタンリーキューブリックの話もした。
「イケさん、キューブリックってよくわかんないけどすごいよね、『時計仕掛けのオレンジ』はどうかしてるよね」
「わかります、オレはキューブリックなら『2001年宇宙の旅』が好きです、あれも訳わかんなくてどうかしてますよね」
こんな感じで話は深くはならないのだけれど、作品を観た衝撃がお互いにあると確認するだけで充分だった。

当時僕の住んでいたアパートにはロフトがついていて僕がロフトで寝て、二人は床にマットレスを敷いて布団をかけて寝てもらった。

朝起きるとイケさんがいない。昔、飼っていた犬が逃げた時の感覚が蘇る。
「イケさん、用事でもあったのかなあ、書き置きでもしておけばいいのに」
僕とオオタケはしばらく途方にくれた。
マクドナルドの茶色の紙袋が床に残されていた。

 後日、僕はイケさんにパジャマパーティーの朝にいなくなる事を問いただした。
「イケさん、なんで泊まりに来るとバイバイ無しでいなくなっちゃうの?ちょっと寂しいよ」
「ごめんオオワダさん、別れ際って嫌いなんですよ、バイバイって寂しいじゃないですか、だったらそっといなくなればいいんじゃないかと思ってるんですよ」
僕は理解が出来なかった、残された僕らも寂しい。

イケさんとは電話で話をしていても、電話を切る手前で不機嫌になる事が多かった。急にぶっきらぼうになる。
「あ、じゃ」
と言ってイケさんは電話をブツッと一方的に切る。こちらはなんか不手際があったかな、と省みる。時には電話をかけなおしたりもした。

この頃のイケさんはボブ・ディランみたいだ。ディランはライブの終わりにも客に挨拶をしない。これはイケさんが20代前半の頃の話。

Take 6 無題

 2024年6月に僕が書いた『手紙』という小説に高校生の時のイケさんを登場させていた。

2024年の忘年会の時にイケさんとツジに小説を渡そうと思っていたのだけれど、プリントアウトした冊子を持って行くのを忘れた。

なんとか渡したいので年明けに2人それぞれに会う予定を作って、その時に小説を渡そうと思っていた。

イケさんと2人で会うのは久しぶりだ。最近は複数人で会う事が多い。

イケさんに書いた小説を見せるのは初めてだった。

オオタケは詩を書いているから、小説を読んで貰う事に抵抗感はなく、以前から読んで貰う事があった。

イケさん引くかなあ、ちょっと恥ずかしいなあ、いや、イケさんなら読んでくれるに違いない。

そう思っていた矢先、2025年1月12日にイケさんの奥さんから訃報が入った。

Take 7 GeenDale

「イケさん、居酒屋で演る落語会に行かない?」
僕はLINEでイケさんに連絡を取った。
「オオワダさん、その日の予定は今のところ大丈夫そうです!」
「じゃあ当日、店の前に17時50分に集合ね、よろしくー」
高校からの同級生のイケさんはいつも敬語だ。

高校時代から比べると体型は大分ふくよかになったが、僕のなかでは高校の頃のイメージから何も変わっていない。会えば一瞬でお互い昔の学ラン姿に戻る感じだ。社会人になっても気軽に映画やイベントに誘える友人。

2018年6月2日に立川志らべさんと言う落語家が真打に昇進する前のタイミングで、渋谷の居酒屋MeWeで開催される『リズム寄席』という落語会。

渋谷のMeWeは、僕の兄と義姉がお世話になっている居酒屋でもある。売れないミュージシャンである兄夫婦はこの店で何回か投げ銭ライブを開催して貰っている、僕も個人的に通い続けている店だ。

店主のダテさんは男気のある関西弁のカッコいい大人。リズム寄席は席亭がダテさん。ゲストDJが渡辺タスクさん。今回の特別ゲストはポカスカジャンの大久保ノブオさん。

落語家の立川志らべさんは、この年の12月に真打昇進が決まっていた。師匠は立川志らくさん。

渡辺タスクさんはJ-WAVEというラジオ局でパーソナリティをしていて、僕は長年タスクさんのラジオを聴き続けているファンだ。タスクさんのラジオでMeWeで開かれるリズム寄席の告知を聞いていた。

落語会を聴きに行きたい、渡辺タスクさんにも会いたい、誰と行こうか、ふとイケさんの名前が浮かぶ。

イケさんに会うのは久しぶりだ、店の前で待ち合わせる。白い布の肩がけカバンと黒ブチメガネ、グレー地の黒いチェックの入っているボタン留めシャツを着ている、カジュアルにキメたシャレたイケさんが既に店の前に居た。
「オオワダさん、久しぶり。あれ?何年くらい経つかね」
「イケさんも変わらず、しばらく空いちゃったよね、元気そうでなにより」
イケさんは片手をヒョイと上げて、はにかんだ笑顔を向けている。

入店時間までは店には入れない。狭い路地で5、6人の同じ様な境遇の人達と、薄暗くなって来た初夏に差し掛かる薄暮の中で立ち話をしながら待った。

今日の主役の落語家の立川志らべさんが和服姿で坂の下から登って来て、客の合間を縫って黙って建物に入って行く。志らべさんの髪型はモコモコとしていて特徴的で分かりやすい、落語の前のナーバスな近寄り難い雰囲気を感じる、誰とも目を合わさない。

「落語を聴くのは初めてなんで、ほんと楽しみなんですよ」
イケさんは期待をしてくれている様だ。僕のチョイスがイケさんのアンテナに引っかかってくれて嬉しい。

僕にとってリズム寄席は今日が2回目で、半年前にクロサワ君と来た事がある。クロサワ君は専門学校の同級生で、タワレコのバイヤーを生業としていた。

クロサワ君がタモリ倶楽部に出演する渡辺タスクさんのコアなファンである事を僕は知っていたからリズム寄席に誘った。その会では渡辺佑さんとお話も出来たし立川志らべさんとも話が出来た楽しい夜だった。

程なく若い女性店員さんが上から降りてきて
「お待たせいたしましたどうぞお入り下さい」
と告げた。

薄暗いコンクリートの階段を登る。
建物は昭和の後半位に建てられたデザインに思える。味があると言うか効率的過ぎない余裕を建物全体から感じる。暗い階段の踊り場の上の小さな窓から夜空が見える。

階段にはイベント告知のフリーペーパーや小冊子が置かれている。『川勝正幸』さんに関する冊子と『Ego-Wrappin'』のアルバムの宣伝に目が行く。

MeWeは二階にあった。ガラガラと引戸を開けて店内に入ると居酒屋にしては中が明るい。入って左奥に高座が設けられていた。僕ら2人はカウンター席に案内されて座った。

目の前にDJの渡辺タスクさんがいる。選曲準備に忙しそうだ。僕らはビールを頼んで乾杯をして、MeWeサラダと牛すじ豆腐を頼んだ。
「オレ、リズム寄席に来たのが2回目で半年前に来ているんだよ、ほら覚えている?クロサワ君ってやつ」
「あ、あれでしょオオワダさんの友達の、吉祥寺のバウスシアターでニール・ヤングの映画を一緒に観た子だよね?うわ懐かしい、覚えてますよ」

  僕が吉祥寺に住み始めた2003年以降に、イケさんと吉祥寺のバウスシアターで映画を観に行く事が何回かあった。

僕が吉祥寺に住んでいた事、バウスシアターが割とマニア向けの作品も上映する映画館だった事、レイトショーも上映していた事、符号がいくつか重なってイケさんは僕を誘ってくれる事があった。

イケさんはニール・ヤングの撮ったマニアな映画をリサーチしていて僕に白羽の矢が立った。

僕は音楽が好きな専門学校の同級生のクロサワ君を誘って3人でレイトショーを観に行った。クロサワ君とイケさんは初対面。上映前に3人でクイナでタコライスを食べて、居酒屋に行って談笑をし、音楽の話で意気投合しながら深夜0時から映画を観た。

映画はハッキリ言ってイケさんにとってはクソ映画だった。(僕はそこそこ楽しめた)

「あんなにピントが合ってない映像、オレが撮った方が良い、許せない、オオワダさん、こんな映画に誘ってごめんなさい」
珍しくイケさんは酷評していた。僕は専門的な事は分からないがPVみたいな映画だと感じた。

Take 8 ラブソングは突然に
 
 「そう、あのガチャピンみたいなクロサワ君、覚えてるんだ」
「ニール・ヤングの映画はアレだったけど、クロサワ君はよく覚えてます、彼は元気なんですか?」
「あ、元気だよ相変わらず、クロサワ君イケさんの事を面白くて良い人だって、また会いたいって褒めてたよ」
ビールのおかわりを頼んで鶏の柚子胡椒焼きをツマミながら話は続く。
「あれ、オオワダさんに話してましたっけ?」
「なにを?」

「オレ、結婚して子供いるんスよ」

ドヤ顔のイケさん。

「え?ナニソレ?初めて聞いたよ、えーっなんだよ、おめでとうじゃん」
イケさんは恥ずかしそうに笑っている。

なんで言ってくれなかったの?お子さんは何才?え?男の子、4才?ウチの子のひとつ下か?え?2月生まれだからたぶん同い年?結婚式はなんで呼んでくれなかったの?え?まあ色々あった?え?つーか、大事な事はもっと早く言えよ、前に会ったときにはお子さん生まれてんじゃん、なんだよオマエ水臭いなぁイケさんよ。
「まぁ、なにはともかく、めでたいな、乾杯」
改めて杯を鳴らす。
「今日ほんとうはそれを伝えたかったんですよ」
「オオタケには言ったの?」
「いや、まだ高校の友達にはほとんど言ってないんですよ、オオワダさんがたぶん初めて」
こういう事を仕込んでくるのがイケさんだ。高校の時から変わっていない。ほんとうにびっくりした、あのイケさんがお父さんか。

僕は心の底から祝福をした。

誇らしげなイケさんの顔が嬉しかった。

Take 9 Magic Number

 19時からイロモノの大久保ノブオさんのショーが始まる。ギター片手に漫談と歌が披露される。

ガリガリ君のCM曲を作曲しているノブオさんは、アントニオ猪木のモノマネもうまかったし、歌も上手だった。場の空気が芸に染まる。

ノブオさんはワハハ本舗の裏話もしてくれた。仲間のチェリー吉武さんとたんぽぽの白鳥さんの結婚秘話をタスクさんを交えて話している。この話はまだ世間には発表されていないから、ネット等には上げないでねと釘をさされた。

ナイショ話を聞いているようで楽しい。一時間程ショーは続いた。

【後半へ続く】
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