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道標(後編)

 
Take 9 Magic Number

 18時半からイロモノの大久保ノブオさんのショーが始まる。

ギター片手に漫談と歌が披露される。ガリガリ君のCM曲を作曲しているノブオさんは、アントニオ猪木のモノマネもうまかったし、歌も上手だった。場の空気が芸に染まる。

ノブオさんはワハハ本舗の裏話もしてくれた。仲間のチェリー吉武さんとたんぽぽの白鳥さんの結婚秘話をタスクさんを交えて話しをしている。この話はまだ世間には発表されていないから、ネット等には上げないでねと釘をさされた。ナイショ話を聞いているようだ。

一時間程ショーは続いた。僕達は大いに笑って、合間にビールを追加して料理も頼んだ。
「オオワダさん、ハムカツとししゃもを追加で頼んでいいですか」
「あ、いいね、もちろん頼もうよ」

Take 10 空がまた暗くなる

 立川志らべさんは控え室が無いので、入口近くに衝立てで作られた囲いに身を潜めていた。

出囃子がスピーカーから流れて来ると、おずおず出てきて高座に上がり、深々と一礼をすると枕が始まる。

志らべさんが何故、志らく師匠に弟子入りしたのかという枕だ。

テレビのバラエティー番組で、他の男性タレントが水着のお姉さんを揶揄してからかっているのを志らくさんだけは女性を庇っていたので、当時の志らべさんは志らくさんを善い人だと思ったのだそう。それが弟子入りのきっかけだった。

一方で弟子入り直後は、人間扱いされないでしんどかった話もしていた。そんな志らべさんがもうすぐ真打に昇進をする。

 羽織りをするりと脱ぐと人情噺『子別れ』がはじまる。場の空気が一変する。

映画のような描写、登場人物の感情が噺家の表情に表出する。噺に引き込まれて行く。志らべさんの表情は子共の様に純心に見えてずるい。明暗、虚実、リズムに魅せられる。長い噺なのに聴いていて疲れない、ラストまで駆けぬけた。

僕達は集中して芸を楽しんだ。

「いやー、面白かったッスねぇ、初めて落語聞いたけど、こんな面白いんですねぇ」
とイケさんは驚いた顔をする。
何かが届いた時のイケさんの表情だ。
「ほんと、面白かったね、映画みたいだったね」
イケさんはハイボール、僕はレモンサワーを新たに頼んだ。

カウンターの向こうにいるタスクさんが『吾妻光良&Swinging Bappers』のCDをかけて店主のダテさんと談笑をしている。

僕はタスクさんに話しかける。
「僕達、高校の同級生なんですよ」
「あら、どこの高校」
「県立スイラン高校ってところです」
「へぇー知ってる、僕の爺さんが通っていた所だよ、実は私も校風が好きで通いたかったんだけど、学区が違って断念したんだよ、しかたなくショウナンに行った感じ」
「え、そうなんですねもしかしたら先輩になる可能性もあったんですね」
イケさんが受け応えをする。

「タスクさんのラジオに、真心ブラザーズのサクライさんがたまに出演されてますよね、サクライさんはスイラン高校の先輩なんですよ」
と僕が投げかける。
「あら、そうなんだ」
タスクさんがうなずく。
するとイケさんが
「あっ、サクライさんってポプソンの先輩だよ、ほら、あのタバコを吸う部屋あったじゃん、あそこの壁にサクライ参上ってデカい落書きあったじゃん、オオワダさん覚えてない?」
「え、そうなんだ、
あの部屋は毎日ドラムセットを運び出していたから覚えてるけど落書きは知らない、
イケさんよくそんなの知ってたね」
「高校生がタバコを吸う部屋ね、
ふふん、
どこの学校にもあるのね」
タスクさんはタバコ部屋の存在に失笑をしている。
「今度、サクライ君に会ったら君の可愛い後輩達に会ったよって伝えるよ、
そういえば君達この店のナポリタン食べた?まだならゼヒ食べてよ、夜のナポリタン」
タスクさんがオススメをすると店奥から店主のダテさんの声が響いた。
「いまナポリタンぎょうさん作っとるから待っとってや、ナベ振り過ぎて手首が千切れそうや、うぉーっ」
軽妙なやりとりに場が活気づく。

僕とイケさんは『夜のナポリタン』を注文した。そこへ、演目を終えて和服を脱いでTシャツ姿になった志らべさんがやってきた。
「いつものお願いします、あと夜のナポリタンもお願いします」
さっきまで集中していた表情とは変わって、仕事を終え弛み切った表情の志らべさん。
女性店員さんが志らべさんにジョッキに入ったコーラを持ってきてくれた。

志らべさんは、カウンター横の丸椅子に腰掛けて疲れた表情をしてうなだれている。
「お疲れ様でした」
志らべさんの隣に座っていたイケさんが切り出して、タスクさんも含めて4人で乾杯。

志らべさんが僕達に質問をしてきた。
「さっき聞こえちゃったんですけど、お二人は同級生?」
「そうなんですよ一緒にバンドとかやってたんですよ」
「お二人の職業は?」
「歯科技工士っていう自営業をやってます」
「広告制作会社に勤めてます」
イケさんは『Ge〇〇』と書かれた名刺を取り出してタスクさんと志らべさんに渡した。

「あれ、なんか知ってるぞこの会社」
とタスクさんが反応をする。
「タスクさんが知っているって、イケさんすごい会社にいるんだね、いつもは全然そんな話しをしないから知らなかった」
「有名なところですよ」
とタスクさん。
志らべさんも僕と同じくきょとんとしている。

そこへ4皿分の『夜のナポリタン』を店主のダテさんが運んできてくれた。
「志らべ、おつかれ」
とダテさんは言ってタスクさんと二言三言、談笑を交わし厨房へ向かって行った。

タスクさんのDJは忌野清志郎さんのライブ盤CDに代わっていて、タスクさんはご機嫌に小さく踊っている。

志らべさんとイケさんは箸を使って『夜のナポリタン』を食べている。
「これ、マジで美味しいです」
タスクさんに向かってイケさんが訴えた。
「でしょ」
タスクさんは踊りながら応える。

「お二人はどんな音楽が好きなんですか」
志らべさんが僕達に聞く。
イケさんは
「最近またビートルズが再燃しています」
僕は
「こだま和文さんのファンです」
と応える。
タスクさんが反応する。
「こだまさんかぁ、お元気かなぁ」
僕が応える。
「え、やっぱりタスクさんはこだまさんと関係がおありなんですね、
こだまさんはまだ精力的にライブやられてますよ、
この前もライブを聴きに行ってきました」
「あら、そうなんだ」
横でイケさんが
「夜のナポリタンおかわりしていいですかね」
とダテさんに注文を入れていた。

Take 11 Have you Eever Seen the Rain

 僕は昼休みになると視聴覚室の鍵を事務室に取りに行くために廊下を走った。
「失礼します」
と言って事務室のドアを開ける。

高校の中でも事務室は異質な場所だった。先生がいる訳ではなく、メガネをかけた4人程の事務員の人達が静かに学校の玄関口の横で何かしらの作業をしている。

事務室のお姉さんは、毎日やって来る僕の事を認識していて、あら、また来たわね、と作業の途中でも顔を上げて会釈をしてくれる。

僕は『視聴覚室』とボールペンで書かれたシールが貼ってある鍵束を掴むと、管理のための名簿に自分の名前を書いた。
『3年7組 オオワダ 12時50分 貸し出し』

僕は鍵束を持って事務室を出ると、ダッシュをして視聴覚室のある棟へ向かう、1分1秒でも昼休みが過ぎるのが惜しい、ダッシュ。

高校の棟は漢字の「三」の字の様に3棟平行して並んでいて、視聴覚室のある棟は事務室から行くと、ひとつ棟を跨いで次の棟の3階にあった。

息を切らせて階段を登りきり、鍵を使って視聴覚室を開ける。
中には誰もいない。
ボルトで止められた木の机が正面にある黒板に向かってすり鉢のように下りながら並んでいる。大学の講堂によく見られる構造。部屋の電気を付けてゆるい坂を足早に降りて行き、黒板の右隣にある小さな部屋のドアの鍵を開ける。

中はむき出しのコンクリート壁で囲まれた台形の小部屋になっていてドラムスのセットが置かれている。

部屋には畳の半分位の大きさの小さな窓があった。窓から入る日差しがこの小部屋の照明の役割をしている。晴れの日はバカみたいに明るく、雨の日は陰気臭くなる部屋。天井は高かった。

僕はバスドラ、フロアタム、スネア、シンバルスタンド2本、ハイハットスタンド、スローン、をドアの前に運び出してセットをした。最後にキックをバスドラに咬ませる。スネアとハイハットスタンドとスローンの高さを調節しながら音を出す。

「今日は『RAMONES』の『Acid Eaters』に入っている曲を練習しよう」
イヤホンをしてウォークマンに入っているラモーンズの『Acid Eaters』の手書きラベルが貼ってあるカセットを再生させる。

オオワダの力みのあるたどたどしい演奏が始まる。

練習をしていると
「いよー、バクやってるね」
カルとミツハシが視聴覚室のドアから入って来る。

2人は学ランを脱いでその辺の机に置くとTシャツ姿になって
「匂いが付かないようにね」
カルが甘ったるい声を出して、ミツハシと台形の小部屋へ入って行く。

小部屋のドアはちゃんと閉める。

「よー、シゲル」
片手を上げてヘラっと笑いながらマナブとタカガイが仲良さそうにつるんで入って来た。2人も学ランを脱いで机に置いて台形の小部屋へ入って行く。

みんな小部屋の中でタバコを吸っている。
小部屋のドアはちゃんと閉まっている。
外からは何をしているか分からない。

万が一先生が視聴覚室に入ってきても、僕がみんなに知らせる役を担っていた。
時々イヤホン越しにバカ笑いが聞こえて来る。

小部屋の小さな窓はタバコの煙を排出するために全開に開かれていた。

リュウジがサッカー部の青いジャージ姿のズボンとTシャツで視聴覚室のドアから入って来た。

黒板に書いてあるポピュラー音楽同好会の部活で使う視聴覚室の時間割りを確認しに来たようだ。黒板にチョークで何やら記入をしている。
「おっ、少しは上手くなった?シゲル」
リュウジは笑みをたたえて机の上に座ってあぐらをかくと、僕の練習をしばらく見ている。

ドアからオオタケとズイテツが入って来た。
「今日は大入りだよ、もう入れねぇ」
リュウジが笑いながら2人に言うと
「ああ、そぅ、じゃ、公園で吸うわ」
と2人は直ぐに出て行ってしまった。

小部屋でタバコを吸いおしゃべりを終えたヤツから順に、学ランを羽織り直して視聴覚室から出て行った。

Take 12 In My Life

 「タクミが文化祭でビートルズのバンドをやりたいって言っててさ、シゲル、ドラムやってくんない?」
昼休みに視聴覚室で僕がドラムスの練習をしているとリュウジが話かけて来た。

僕は2つ返事で
「やる」
と言った。

ボーカルにイケさんとタクミ、ベースがリュウジ、ギターがサカモツ、ドラムスがオオワダ。

1994年6月18、19日に開催されるスイショウ祭まで残り一ヶ月のタイミングでバンドは結成された。

タクミとリュウジはサッカー部の練習があって、僕は陸上部の練習があったので、学校の視聴覚室でのバンドの練習時間は夕方近くになる事が多かった。

18時以降は大きな音が出せないので小さな音で毎日セッションを重ねた。
 
練習後にタクミが
「オレ『In My Life』と『YesterDay』だけは絶対にやりたいんだよ、
これは外せない」
と発言をする。

薄暗い視聴覚室で削る曲を選択していた時の事だ。

サカモツの提案で『In My Life』は削ろうかという話になっていた。

イケさんが直ぐに応える。
「タクミがやりたいならこの曲は絶対に残そう」
イケさんは真面目な顔でみんなに訴える。
「大将はどう思う?」
僕はタクミに大将と呼ばれていた。
「『In My Life』は俺も好きだしやりたい、でも、なんかドラムスが結構ムズイんだよね」
タクミもイケさんも大真面目に聞いている。
横からサカモツが
「ギターパートから言わせてもらうと『In My Life』のソロの部分けっこう難儀なんだよね、スゲーいい曲なんだけどさぁ、どうやって演奏しようかさぁ、わかんないんだわ」
と困惑気味に言った。

サカモツは顔を伏せ気味にイケさんとタクミを見る。

「でも『In My Life』だけは削りたくないんだよ、モッさん」
タクミは譲らない。
「オーケー、とりあえず『In My Life』はやろうよ、ソロのところは簡単に省略しちゃってもいいし、これから考えよう、
シゲルはしっかり練習をしていこう、確かにあの曲のドラムは変則的だよな」
リュウジがみんなをまとめる。
「リュウジ簡単に言うけどさあ、結構大変なんだよ」
ぶつぶつとサカモツが文句を言っている。

Take 13 Spread Your Wings

 明日からスイショウ祭。

バンドの追い込み練習のために東白楽から徒歩5分の所にある楽器店のスタジオを借りた。今日はスイショウ祭の準備のため授業は無かった。

楽器の試奏用に作ったであろう小さなスタジオは、バンド練習をするには狭い。

ドアを開けて5メートル程先の正面にドラムスのセットが置いてある。バスドラの幅がほぼ部屋の幅。ドラムスのスローンに座るのにフロアタムを跨がないと座れない。入口の左脇にベースアンプとギターアンプが並んでいるので人が一人やっと通れる幅しかない。

5人は入れないのでイケさんとタクミは交代でスタジオに入った。ボーカルの歌うスペースが無いため、アンプの上に立って歌うしかなかった。ベースやギターのネックがたまに壁にぶつかっている。

『In My Life』のソロの部分は、サカモツがアレンジを加えてカッコいいソロになっていた。イケさんのブルースハープも加わって良い感じにバンドは仕上がりつつあった。

当日のセットリスト通りの曲順に、何回か通しで練習が出来た。

練習が終わりスタジオの外に出ると楽器店の店長らしきおじさんが話しかけてきた。
「君達ビートルズやるんだね」
「はい」
タクミが応える。
「このパネルの写真見てよ」
壁に大きく引き伸ばされた写真がある。写っているのはジョン・レノン。衛兵の様な衣装を纏ってギターを弾きながら歌っている。
「これ、ウチのカミさんが海外のライブ会場で撮ったんだよ、ほんとはこういうの撮っちゃいけないんだけど、ドサクサにまぎれて撮ったんだよ、結構良い写真でしょ」
おじさんは自慢気に語っている。

みんなパネル写真に見入っている。

「この衣装どっかで見た事ない?」
イケさんがすかさず答えた。
「あれ?これ『タケちゃんマン』の衣装じゃないですか?」
「正解!」
おじさんはご満悦だった。

 スタジオを出ると、学校まで帰るのに楽器を担ぐのが大変なのでタクシーを拾って帰る事にした。
「あのオヤジ自慢しやがってなぁ」
リュウジが毒づいている。

1台目のタクシーが捕まり、僕が荷台にベースを詰め込むのを手伝うと
「シゲルはどんな音楽聞いてんの?」
とリュウジが聞いてきた。
「最近は『ポリス』とか好きだよ」
「あ、ドゥドゥドゥ、デ、ダダダだな?オレの兄貴が好きだよそれ、『ジャマイカンインニューヨーク』は違うよな」
「それ、『イングリッシュマンインニューヨーク』でしょ」
「ジャマイカのやつら何でもレゲエにしちまうのな」
リュウジは笑っている。

明日のライブは視聴覚室で行なわれる、僕達は設営を手伝った。設営は夜10時過ぎまでかかった。
「オオワダさん、タクミ、今日は遅いし家に泊まりに来ない?」
帰ろうとした時、イケさんが提案をしてきた。
「いいの?」
「オヤジが車で迎えに来てくれるからさ、ちょっと待っててよ」
僕とタクミはイケさんの家に泊まらせて貰う事にした。

イケさん家の風呂に入ってから、部屋でビートルズのビデオを見ながら
「イケさん、大将、
明日のライブ成功させような」
とタクミが言う。
「もちろん、
ゼッタイに成功させようね!」
イケさんも気合いが入っていた。

Last take 

 『朝菌ハ晦朔ヲ知ラズ』という荘子の言葉に出会った。『朝に生まれて夕べに死ぬキノコは、晦日と朔日を知らない。(朔日はついたちの事)』山本夏彦さんの書いた『オーイどこ行くの』というコラムに記されていて、僕は夏彦さんの解釈に共感を覚えた。

『象の一生を百年とする、人の人生を五十年とする、犬の一生を十年とする、象は犬より十倍なが生きだとはいえない、犬の十年は人の五十年、象の百年に当たる、それぞれに完結した生涯だ、朝菌晦朔という言葉は、はかないとか哀れだというのは当たらぬと察した』

僕達は同じ朝に産まれた。
イケさんの音楽は止まってしまったけれど、まばたきを数回したら僕の音楽も止まる。

今回、イケさんより前に亡くなった友人の事も少し書きました。

不思議なものでみんなの話し言葉はリアルに再生できるし、声色は色褪せずに覚えている。

あれ、リュウジこんな事言ってたんだ、タクミは頑固でカッコいいな、書くとまた出会える。僕が文章を書くのが好きな理由の一つは友達と出会えるから。

人には色んな面があって、その人の事を理解できる事は無い。でも発した言葉は、音楽みたいに心に引っかかっていて、共振、共鳴をする。

比べる事じゃないのかもしれないけれど、十代位の頃に出会った友人は純粋度が高い、損得や利害を度外視できる時期だからか?理由は分からない。

暗い視聴覚室で卒業ライブの練習をしている時に
「おれさぁ、
映画撮ってみたいんだよね」
と語っていたイケさんの言葉を思い出した。
イケさん、また何度でも出会おう。

 


 





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