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雨、無花果の香水、来たる夏に怯える

梅雨の真っ只中だ。1週間の殆どを、青の傘マークが占める。蒸し蒸しと不快な外気、どこにも行かないなんて無理な話で、適当にシャツをひっかけて朝8時、外に出る。社員証、ぼろぼろのパンプス、ドンキホーテで適当に買った安物の香水。そんな週5日のルーティンワークを淡々とこなすことで、年齢を感じていた。

地元を出て5年目の7月。
湿気で畦る髪。
夏草の匂いが鼻をつく。
ああ。今年も夏が来る。

夏はずっと苦手だった。湿気も、日光も、暑さも。だけど思い出は、無くしたくないくらいの思い出はいつも夏にあった。塩素、白球、夏服、初めての東京、武道館、海風、バーベキュー。初めてタトゥーを彫った日。こころを刺すような夏の歌。いっとう眩しい季節と、決まって眩しいみたいな思い出ばかりだ。夏が責め立てる。何にもなれない私を、何処にも行けない私を。嘲笑うように責め立てる。焦燥感を両手いっぱいに持って駆り立てる。消えてしまいたい。私ではないものになりたい。どこか遠くへ行きたい。誰も私を知らない所へ。高速バス、高速道路、高架線、眼下の街、JRと私鉄、線路とパンタグラフ、東京駅。どこへでも行ける気がした。イヤホンから流れるうたと、その全部が私を刺し殺す。どうせ変わらない、せいぜい数日の非日常の癖に。香水の匂いはあの頃と違う。適当に選んだ無花果の匂いに思い出なんてない。どこにも行けない夏が来る。今年もきっと駆り立てるように。どこにも、どこにも行けないのに。そんな夏が来ることと、そんな夏もいつか褪せて、忘れていくことに恐怖している。


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