進撃の巨人世界の愛とは

コラボグッズの件で、私の推し周りがなかなか荒れてます。
そのことで私も心がザワザワするのは何故だろうと考えた時に改めて思い至ったことを書いておこうと思います。

※  あくまでも私個人の主観、感想です

前から思っていたことですが、進撃で表現される"愛"って男女のそれではなく(含まれてはいるけど)、もっと大きな範囲の人間のサガってものに近いと思うんですよ。
そして進撃での男女の愛は所謂、少女漫画のようなホワホワした浮ついたものではなく、その裏返しの執着や哀しみ、行きすぎた障害や苦しみとかそういうネガティヴな部分も、いやむしろそっちをかなりクローズアップしてるように感じるのです。
そしてそれは男女間だけの愛に限らず、親子、仲間、友人、あらゆる関係での愛や想い、結びつきにまで言えることだと思うのです。
進撃の世界自体、争いの絶えない世界であり、戦争や争いがテーマになってるわけではないと思ってますが、人間が存在する以上決してなくならないものという意味で、やはり争い自身人間のサガだと思うのです。
平和や何もない穏やかな日常が欲しいだけ、それは全人類の願いなはずなのに、だからこそ争いが生まれる。
だけど、そんな世界は人間一人一人の営みが最小のユニットであり、感情を持つ生き物同士が繋がりを持ちながら集合体を作り、その中で様々な関係を形成する中で、愛からも派生する色んな感情が息づいているだけなんだと思ってます。
その感情って結局は関係性と言い換えられるわけであり、男女の愛も大事ではあるけど、こと進撃に関してはそこをフォーカスした話しではないってことを私は強く思ってます。

話は逸れますが、原作も終わり、単行本でも完結し、ついにアニメでも完結を終えた時、私はこの857年よりもっともっと先、登場人物達すらとっくにこの世を去り、一体どのくらい未来かもわからない世界が結局はあのようになったという終わり方に最後の最後まで進撃の巨人の世界観であり続けたと感じ、心から感動しました。
本誌のミカサに鳥(エレン?)が「マフラーを巻いてくれてありがとう」のシーンで終わったなら、ここまで感動しなかっただろうなと思います。
単行本の加筆としてラストが足されたこと、そこにアニメとして色がついたこと、その都度、本誌では原作者の描ききれなかった部分を丁寧に加えていき、ラストの内容自体なんら変更はなかったにも関わらず、エンディングをより豊かに、より現実的でシビアな作品たらしめたなぁと思いました。

あのミカサが最愛のエレンを失った後、新たに家族を得て、人生を全うした(らしい)描写は人間の力強さや時の経過がもたらす人生の奥深さや尊さをじんと感じつつも、物語の中心人物であったにも関わらず、あくまで長い歴史の中ではほんの一瞬の人生に過ぎないことを思い知らされ、人間の複雑さや愚かさは様々な愛ゆえに生まれ、永遠に同じようなことを繰り返すと言う現実を最後まで叩きつけてくる容赦の無さが正に進撃の巨人だなぁと思ってます。


最後に
とは言え、私も大好きな推しが幸せでいてくれる世界線を細かく妄想して楽しんでいます。オタクなのでやはりついつい偏る部分もありますが、時に俯瞰で作品全体を見ることも必要ではないかなと思い、自制の意味も込めてます



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