三十路、青春の残滓

去年の夏の終わりに、自転車で住宅地の丘に上り、日が暮れるまでそこで過ごした。
公園のようになっているので、昼はピクニックがてら家族連れが利用し、夜は夜景を目当てにやってくるカップルが多く見られる。
その日も小さな赤ん坊を抱いた女性が、眼下に広がる街の景色を赤ん坊に見せていた。

普通は皆さん車で行くところなので、元々持久力のない上に運動不足のわたしは、いくらスポーツバイクに乗っていたとて、シャトルランを走った後の様に息が上がり、しばらくはベンチに横たわって息を整えねばならなかった。
さぞかし奇っ怪だったであろう。

丘といえば、やはり「耳をすませば」を思い出してしまう。
調布の方に住んでいた頃、当時付き合っていた彼氏と何度か聖蹟桜ヶ丘に行った。何をしに行ったわけでもないし、何をしたかも覚えてないが、耳をすませばの舞台になった所と聞いていたので、一度行ってみたかった。
だが、結局舞台になったという場所には行かなかった。
あ~あそこ、それっぽいな~程度に見ていた。
いつでも行けるだろう、と思っていたのだ。
結構一度もそこを訪れることないまま、地元に戻ってしまった。

去年上った丘は、すぐ近くに芸術大学がある。
中学の時ハチミツとクローバーにハマったわたしは、そこに入ろうと決めていた。
絵を描くことが大好きだったし、勉強もしないで絵ばっかり描いていた。寝る間も惜しんで描いていた。上手いかどうかは別として、とにかく大好きだった。
ただ、美術部に入ったりというわけでもなく、絵を習ったりということもなく、芸術大学に入ってどうしたいかという目標も夢もなかった。

夢は中学の頃からずっと映画監督で、高校卒業後はドラマ制作を学ぶためにテレビ番組の専門学校に入った。
高校の時に「自分が理想の青春を送る無理だ」と思い知ったので、自分が送れなかった「青春」を、ドラマや映画の中につくりたかったんだと思う。

夢ばかり大きくて、何も実行せず、偉そうに他の生徒とは違うと思い込み、学園カーストの底の方から上位を馬鹿にしていた。カースト上位に見向きもされていなかった事に気づきもせず。
「桐島、部活やめるってよ」を見た時、吐くかと思った。(実際二度目は吐くほど泣いた。一緒に見ていた彼氏は引いただろう。気の毒なことをした)

カースト上位が馬鹿にしていたカースト下位の奴らが、若さを無駄遣いせず、誰よりも好きな物に熱く心を燃やす姿に、取り残された様な気持ちになった。
当然上位にも属してなかったし、なんなら馬鹿にしつつ、その華々しさを羨んでいた。東出と松岡茉優のキスシーンは、羨ましいの権化だ。あんなキス、ほんとに高校生がするかあ!?高校時代、セックスなんて都市伝説だと思って過ごしたわたしには全部が羨ましかった。

数年前まで、手に入れられなかった憧れをなんとか取り戻そうと足掻いていた気がする。
日常に物足りなさを感じ、満ち足りなさに喘いでいた。
今はそんな気も起きない。
歳を重ねたことも関係しているんだろう。
何かを羨む事は疲れる。

去年上った丘は、聖蹟桜ヶ丘とは似てないと思う。すぐ行けば山だし。
大学が近くにあるからか、青春通りと名付けられた坂道が近くにある。

とにかく、その丘は、失ったもの、手に入れられなかったものを思い出させる材料が多いのだ。

夏の終わりとは言え、自転車で坂を登れば全身に汗をかく。体を冷ましていると、雨が降ってきた。雲は薄く明るかったので、雨粒が光を反射して落ちてきた。
暫くすると小雨にかわり、この程度なら、とベンチに座って歌を聞いた。

フジファブリックの「若者のすべて」

若者をとうに過ぎた中年が聞いてんじゃねえ!と思わなくもないが、これはかつて若者だった者への曲だと思っている。むしろ20代前半の頃はちっとも響かなかった。
夕方5時のチャイムを聞いたこともないし、最後の花火に趣を感じたこともない。正直あまり共感できるフレーズはない。

真夏のピークが去った
天気予報士はテレビで言ってた
それでも未だに街は
落ち着かないような気がしている

このくらいは誰もが感じたことがあるだろう。

わたし自身が、若者という時分を過ぎても、落ち着かずにいるからだろうか。
いちばん好きな箇所だ。

落ち着かないわりに、過去を懐かしむ余裕はある。
というか、とても青春とは呼べない日々でも、回顧すれば、穏やかで、爽やかな気持ちが胸を突き抜ける。
つい最近まで身近だった出来事が、過去になってしまった事に気づいた。
当然である。学生時代一緒に東京で過ごした仲間は、私のように地元に戻ったり、結婚したり、新たなステージを歩んでいる。
有難いことに久しぶりに会っても、あの頃と同じように過ごしてくれる友人たちであるが、わたしだけあそこへ戻りたいと言っても、そうは問屋が卸さない。

戻れない。と受け入れたから、フジファブリックの「若者のすべて」が今の自分に響くのだろう。

開き直ってしまえば、却って怖いものは無い。
青春への羨望が勝手に成仏しやがり、更にいえば人生への野望も燃え尽きようとしている。
こうなれば割と強い。

取り戻すためでなく、新たに手に入れるため、絶望し続けた人生だったが、そんなに悪いもんじゃなかったなと思うので、これからも面白おかしく生きていこう。

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?