クリスマスの夜に部屋を飛び出した
恋人と最後にクリスマスを過ごしたのは4年も前の事です。
2017年の秋に恋人と別れたのですが、その年を含むその後3回訪れたクリスマスは女友達と過ごせたので、寂しくありませんでした。
今年はコロナが影響するかと思いましたが、サンタは特殊な免疫があるからコロナに罹患しないと声明を発表したし、ケーキ売り場は整理券を発券する程賑わっています。
今年は母が来てほしそうなので同じ市内の実家で過ごすことにします。
ちなみに御一行は兄家族のことです。
さて、最後に恋人と過ごしたクリスマスの話をします。
その年はカレンダー上は23〜25日が3連休という年で、彼は3連休。わたしはカレンダーが関係ない仕事だったのですが、気を利かせてくれた当時の店長が24と25は休みをくれました。
彼は市内の社員寮に入っていて、仕事を終え一度寮に戻り、そこからわたしのアパートに来て泊まって翌日朝寮に帰り、仕事に行く。という生活をしていました。
実家は県内ですが車で1時間弱かかる場所で、休みが合わない週末には必ず帰っています。
わたしの理想は仕事を終えた23日の夜から3日間一緒に過ごす。というイメージでした。
が、彼は23日は実家に帰り、家族と過ごしたようです。
去年も家族と過ごしてクリスマスケーキの写真送ってくれたもんね。
あなたが家族を大事にしていることは知ってるよ。
そして翌日、アパートに来たのは24日の昼過ぎ。
そもそも我々はどうやってクリスマスを過ごすか決めていませんでした。
向こうはそういったプランを考えない人でした。
わたしは彼から車を出してもらっているので、気が引けてどこに行きたいとか、あまり言えずにいました。
友達からは「ひかぺー行け」とのLINE。
ひかぺーとは仙台の光のページェントというイルミネーションイベントのことで、定禅寺通りの並木が電飾に巻き付かれ光ります。
私自身イルミネーションに興味はないし、人でごった返すので彼は嫌がるだろうな、と提案もしませんでした。
けど…彼とだったら楽しいだろうな、クリスマスらしいデート、してみたいな、と口を開きかけます。
「やだ!」
え、え、まだ何にも言ってないけど
「ぶっくれのことだからIKEA行こうって言うでしょ」
いや、考えてもねえし、お前と前IKEA行った時腹壊してずっとトイレこもってたやん。二度と行くか。
え、こわ、そんなバサッと斬る?自分はなんもプラン考えてないのに。
わたしの心は一瞬で萎えました。こりゃ何を言っても斬られる。当たり障りのないプランを提供せねば、ということで、結局その日の夜は二人でご飯をつくっておうちでクリスマス!という運びになりました。
買い出しに行くまでにまた一悶着あります。
テレビで世界の遊びみたいな特集をしていました。
ぬいぐるみの馬の頭に棒がついていて、それを股に挟んで、馬のように走る様子がテレビに映し出されています。
フィンランドの大人気のおもちゃで、棒馬(ケッピヘボネン)というようです。
「これ見終わってからでいい?」
なんで?
何にそんなに興味持った?
クリスマスイブの明るい時間を無駄にした挙句、夕方のスーパーが混み合う時間を謎の棒馬(ケッピヘボネン)に取られ、もう、それは、かなり辟易していました。
その後別に楽しくない買い物と料理、たいしてうまくも無い飯を食べ、二人はいい具合に酔ってきます。
4年前といえば27歳。30手前の女盛り。今夜は聖夜。
こんだけ無下にされたのであれば、夜くらいは、熱くしてもらわなきゃ気が済まない。
きっと上下セットの下着をつけていたでしょう。当時のわたしは。
だがしかし、彼はこたつに寝っ転がり、赤ら顔で、大いびきをかいているのです。
これが本当に本当に嫌でした。毎晩なんです。
田舎の男の人はみんなそうなんでしょうか、酒をたらふく飲んで、我が物顔でこたつに大の字で寝っ転がり、起こしても起きない。ただこたつで寝られて風邪でもひかれたら気分が悪いので、無理矢理にでも起こし布団にいれる。それが常でした。
その日もそうしました。
すっかり酔いの覚めたわたしは、彼のいびきを聞きながら、膝を抱えて残った酒を静かに飲みます。
もう、寝ちゃお。と適当に片付け、一緒に布団に入るもどうも寝れない。酔い足りない。
こいつと一緒の空間にいたくない。
布団を抜け出し、少し散歩しよう。
細かな雪がふっていましたが、家にいるよりはマシだ、とスエットに上着を羽織り、家を出ました。
向かうところはないので、とりあえずコンビニに向かいます。家からは一本道です。
ザッザッザッザッザッザッ
家を出て100m程歩いたところで小刻みに地面を踏みつける音が近づいてくる事に気づきました。
ランニング中の方だったら不必要に怖がるのも失礼かと思いましたが、時間も時間ですし、確認のため振り返ります。
「なにしてんの」
そこにいたのはスエット姿の彼でした。
上は黒、下は黄色の迷彩柄。雷様です。
雪が降っていたので気温は0度を下回っていたはずです。
わたしは彼の前に付き合っていた男性と一緒に暮らしていた時にも2~3度部屋を飛び出しています。
その全てが無視され、追ってこない彼に別れを決意しつつ泣きながら近所を自転車で走り回るのですが、迷子になってるうちに怒りが収まり、無事帰宅して、すやすや眠る彼のベッドに入る。というお決まりの流れでした。
なので追ってきた彼には非常に驚きました。
さっきまで部屋で大いびきをかいていた男が、スエット姿で、荒い呼吸で肩を揺らし、バッキバキの目で見つめてきます。
「なにしてんの」
「お酒を、買いに」
「へえ、じゃあ、いこ、酒買うんでしょ」
殺されるかと思いました。
彼はすごく可愛い顔をしているんです。身長も高ほうではないです。
けど、体はしっかりしていて、考え方は古く、20代前半で乗っている車はオフホワイトのセダン。
本人は否定していますが、マイルドヤンキーという奴だったのでしょう。
殺されはしないにしても、殴られると思いました。
お酒を飲んだ後に走ったため、コンビニでお酒を選んでる間も息はあがったまま。
ぜえぜえと肩を上下させたスエット姿の男は小さな声で「寒いさむい」と繰り返します。聖夜には相応しい様相ではありません。
彼が何を選んだかは覚えていませんが、わたしはハードシードルを買いました。りんごのお酒です。
二人は無言のまま部屋に戻り、どちらも部屋の電気をつけずにお酒をあけます。
雪の夜というのは明るく、西側についたブラインドの隙間からこぼれる青い光が、クローゼットに寄りかかり無言のまま酒を飲む彼を照らしていました。
これが彼と過ごした最後のクリスマスです。
シードルを見るとその夜を思い出します。
メリークリスマス。良い夜を
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