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来たる栞日、まぼろしの福の神
1
「ぬるいラーメンは駄目だね」
ツミツさんは車に乗り込んだ後にそう呟いて、というのも彼が先ほど食べたラーメンセットの話し。
確かに、ぬるいラーメンはいけない。
僕が食べた蕎麦は温かったけれど、量が侘しく、それに今日歌いにいくところは長野県松本、信州そば、味の文化財、、何もここで蕎麦を食わなくてよかったなあと後悔したときには、遅かった。「きつねそば」引き換えチケットがひょろり出てきたところだった。
今回ご一緒にさせていただく、ヨフケさんが頼んだ肉炒めが一番美味しそうだった。
即席カレーの元祖、オリエンタルカレーの粉を衝動買い。
諏訪湖に立ち寄り、雄大な水たまりを眺める。湖畔には家屋がびっしり、やっぱりニンゲンは水の周りに集まるのだなあと考えているうちに松本到着。
前もって宿のチェックインをすませる。
(ツミツさんとヨフケさんがいる為ぬかりない、僕は二度、遠征先で宿のチェックインを逃している)
本日うたわせてもらう書店は栞日。
僕の歌に「日々の栞」という曲があるけれど、なんだか似ている。
一階はカフェスペース、二階の書店にはソファーや椅子があって本を読みながらゆっくりとできるようになっている。
栞日のお向かいには菊の湯という銭湯があって、系列店らしい。
ヨフケさんと本番前にひとっぷろ。
交互浴が推奨されていたので、それに倣って、湯と水を行ったり来たりぽかぽかきんきんを繰返す。
さりとて裸で書店ツアー最終日である今日は
初の試みである、歌と朗読の共演。
僕の書いたお話をヨフケさんに朗読してもらい、僕が歌う。交互浴みたく、ぽかぽかきんきんをしてやろうという心づもり。
彼の朗読と歌はとても素晴らしい。
絶妙な言葉の置き方、言葉の離し方、言葉の投げ方、言葉の拾い方、ヨフケさんによって物語が色づく。
歌と違って音程もリズムもない筈なのに、なんでこれ程までに差が生まれるのだろうなあ
と最初は思っていたけれどおそらくそれは違って、朗読にだって音程とリズムがあって、静かに、時には荒ぶって、精緻に積み上げられていく言葉に、はっとするのだと思う。
とても楽しくできた。
終演。
栞日を出る時に雨が降り出した。
それがだんだんと強くなって、宿に戻る時には、どしゃ降りに。
けれど、お腹はぺこぺこ、お酒だって一滴たりとも飲んでない。宿のスタッフの方に聞いたオススメの店まで傘さし歩いて目指す。
草履できたものだから、すぐ足がびしょ濡れになってしまう。
げ。臨時休業。
じゃあ、ここへいってみよう、、あら閉店。
ここもやってない。あの光は、、?スナックだ。ママお手製の炒飯なんかもいいのだろうが、今は違う。
あそこ灯りがついてる、、まだやってますか?やってませんか、、そうですか、。どうしましょ。
さっき車で通ってきた時に、見かけたあのお店、調べたら営業は0時まで、ココへ行きましょう。
「フードは終わっていまして、ドリンクのみなら可能です」
今日はどこへもいけないのかもしれないという悲観な状況に、捨てる仏あれば拾う仏ありで、まさに天佑、すぐ隣のお店がまだ開いていた。
居酒屋「福」、僕らに手を差しのべてくれたのは福の神さま。
どの料理も矢鱈に量が多くて矢鱈に美味い。
山賊焼きに、漬物の盛り合わせ、麻婆豆腐、サーモン刺身、、
我慢できなくなって、ツミツさんは白飯を注文、やっぱりご飯も大きい、みんなで分ける。
熱い話とお酒とめしで、お腹はぱんぱん。
僕は飯を食うと呑めなくなるし、呑むと食えなくなってしまうから、お酒は程々のところで、先にお腹の限界がきた。
そんな打ち上げも珍しい。「ふぁすぃんぐ」なるものをやったツミツさんも沢山食っていたし、夜更さんも、二人がもう食えないといったところで、僕はまだいけますよと、救世主のように皿に残ったものをさらっていった。
あらかじめ量をわかっていたなら、数品削っていたことだろう。ぎりぎりの完食。
2
ツミツさんは別のお仕事で朝早くにいってしまった。
なので帰りは電車。
ヨフケさんと帰る前に町を歩くことにした。
今日も雨降り。
昨日助けていただいた居酒屋「福」の前を通ると、空きテナントなのかと見紛うほどにひっそり閑としているから、思わず窓を覗き込んでしまったのだが、そこには真っ暗闇があるだけで店内は何も見えず、昨夜の出来事は全て幻だったんじゃなかろうかと狐に化かされた気分。だってはち切れるほど一杯だったのに、もう小腹が空いてるのだから、もしかしたら本当に幻の中にいたのかもしれない。
朝めしに、駅前の大衆蕎麦屋の暖簾をくぐる。平日の午前中なのにお客がたくさんいる。黒っぽく味の濃い出汁、ヨフケさんはかけ蕎麦のお汁まで飲み干す。
蕎麦を食った後は珈琲。喫茶店「翁堂」
あらま、ケーキまでつけてもこの値段?お安い、普段はケーキセットを頼むことなんてほぼないのだけれど、まあせっかくだしねという事で注文。
だらだらお喋りをしていると、近くのテーブルに美味しそうなナポリタンが運ばれてきて、気づけば昼。
よし、もういっちょ蕎麦を食べに行こう。
二人とも割に「食える方」で、若しくは昨夜の居酒屋福で、沢山食べて胃が広がってしまったのかもしれない。
「大盛りは次の大盛りを呼ぶからね」ヨフケさん曰くそうらしい。
宿のスタッフさんに教えてもらった蕎麦屋「野麦」
普段、行列に並ぶなんてことはしないのだけれど、まあせっかくだしねということで、待つこと30分。
メニューはざる蕎麦のみ。信州そば。
お供に蕎麦焼酎の蕎麦湯割りをつけて蕎麦づくし、ヨフケさんはざる蕎麦大盛りに日本酒。
蕎麦でお酒を呑むのはなんともいいものである。
美味い美味い。
蕎麦屋に並んでいたせいで、予定していた電車に乗れず一時間ほどの空き時間ができた。
「これはキセルではなくて、矢立てといって筆入れでね」
腹ごしらえを終えて、四柱神社へ行った後に立ち寄った骨董屋。
江戸時代につくられた巨大なお面にアンティーク仏像、浮世絵、お店の前の飾り窓には、古代中国紀元前200年、前漢の焼き物、種々雑多な骨董品にまじって、ピンク色のうんちのフィギア、孫から貰ったらしい。
商品を自分のコレクションかのように説明してくれる、老年店主の首には金ピカネックレス。
骨董品はどれも高価、欲しいものがいくつもあった。まあ、せっかくだしだしねとは流石にならず、手が出なかった。
骨董品の先で立派に佇む松本城は二人で写真を撮るだけで、中には入らず。
水掘りでは鴨と鯉が仲良く(なのか分からないけれど)していた。
そそくさと城を出る。
朝めしに食べた蕎麦屋の横の果物屋で、すももやプラムくらいの大きさの可愛い信州りんごを買う。
ぎりぎりで電車に乗ることができた。
乗り換えの名古屋駅のホームで立ち食いきしめんを食って(ここでもヨフケさんは汁まで飲み干す)売店で手羽先味のスナック菓子とビイル缶、気分だけでも名古屋を味わう。
書店ツアーが終わった。
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