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きちんと珍奇紀行記


きちんと珍奇紀行記


1 喫茶曲がりでのライブ 


自動車で三時間、東京へ行くことに比べれば近いもの、といったって運転するのはベースの加藤さん。
僕はやっぱりちんと座っているだけ。途中、京都駅でマンドリン弾きのジンをひろう。
朝から曇天模様、途中ざんざんざん、雨が降ってきて四方山を白けさせ、フロントガラスを激しく叩きはじめた。
幸先悪いなあ、やだなあ、何か良くない事あるんじゃないだろうかなんてのは杞憂で、喫茶「曲がり」では、遊びに来てくれたお客さんや、喫茶曲がりの方々、そして、主催の土井さん、共演者のれんがさん含め、素敵な人たちばかりでとってもあたたかい雰囲気だった。
本番前にはB'zが控えめな音量で流れる商店街をふらついて、お侍様の邸宅を覗きながら、光りを求める羽虫のようにしてたどりついたのが、中華そばの暖簾をかがけるラーメン屋びーとん、昼夜二時間ずつしか営業していないらしく、終演後では間に合わないと、三人ぞろぞろ、中華そばずるずる、開店したばかりのなのにお客が次々とやってきて、音響さんまで食べにやってきたのだった。納得の美味しさ。
差し入れのビールを本番前からどんどこと飲む、マンドリン弾きジンと、本番前に醤油ラーメン大盛りを食べて力を蓄えたコントラバスの加藤さんに支えられて、無事終演。
久しぶりに三人でやれてよかった。呼んでくださった主催の土井さんに感謝。

打ち上げではたくさんビイルを流し込めた。(このあいだの東京では宿をなくして、飲むどころではなかった)
ジンは明日の東京でのライブが控えてるので先にお暇。
お土産に農家をやられているお客さんから、黒枝豆をいただいた。ありがたや。
帰ったらビイルと一緒にいただこう。

2  珍奇好奇!剥製の館

牛肉の骨のちかくの肉を削ぐことをそずるというらしく、そずり肉なるものを食った。
ヨメナカセは、血管(処理するのが面倒なことからきているらしい)、干し肉はジャーキーとまではいかないものの、歯応えがあって旨みが中に閉じこもっている。
スープ状になるまで煮込んだ肉を冷やして固めた煮こごり、どれも美味かった。
海が遠く山に囲まれているからか肉料理が盛んなようだ。


「世界の珍奇動物、絶滅危惧種、館内多数」
つやま自然ふしぎ館、剥製の数はなんと二万点。三階建の建物のあっちもこっちも剥製だらけ。
玄関ではセントバーナードの剥製がお出迎え。
入ってすぐには、キンシコウがカンフーポーズ、僕もポーズを真似て、写真を撮ってもらう。

何より驚いたのは、初代館長の臓器のホルマリン漬けが、動物たちの剥製に混じって展示されていることだ。
館長の生前の意向を指し示した遺書とともに、心臓や肺や脳がガラスケースの中に納められている。
土井さんによれば、昔はヒトの赤ん坊のホルマリン漬けがあったそうだが、もう今はないはらしい。
コイを食って喉に詰まらせて窒息死してしまったオオサンショウオは、可哀想な事に、醜態を晒したままの姿でホルマリン漬けにされている。
宇宙を感じさせる柄のクルマガイ、キラキラシールのような羽を持つアフリカの蝶、綺麗に色分けされたコガネムシ、巨大なヘラジカ、クロコダイルにアリーゲーター、フクロウ、ワシ、AI生成された架空の絶滅危惧種がめまぐるしく、悪夢のようにたちあわられる、サイケデリックな映像。
「ゴリラの胸叩きはグーでなく実はパーなんですよ」という見出しの新聞記事が貼られたケースの中には、グーの形で胸を叩くゴリラ。
数多ある展示物の中で一番珍奇であったのは、間違いなく自身を展示する館長だろう。


帰り際、驚くべき出会いがあった。
アルバムIRAHAIでフルート吹いてくださった梅田さんとばったり会ったのだ。
彼女は大阪在住で、旅行に来たのだという。本当にびっくりした。


3  つやま八百話


つやま自然館に忍び込むために夜になるのを待った。
時間を持て余した僕と加藤さんは回転寿司屋さんでたっぷり時間をかけて計百皿もの寿司を平らげた。(内訳を言うと僕が四十、加藤さんが六十である)
食い過ぎてむっくりと膨らんだ腹を休めるため、車中で眠り、気づけば外は暗くなっていた。
夜の剥製たちを想像して見るがどうしても明瞭なイメージが湧いてこない。あやふやで激しい好奇心がおしよせて、はやる気持ちをおさえ、時間が過ぎるのをじっと待った。
チケットの半券には、不思議ワンダーランドとあり、今度は夜のワンダーランドを楽しもうというわけだ。
明かり一つ点いていないこの館に二万を超える剥製が詰め込まれているのだと考えると薄気味悪いようにも思えた。

土井さんから聞いていたように、自然館の鍵は開けっぱなしだった。玄関にいるシェパードが不敵な笑みを浮かべて僕たちを歓迎しているようにみえる。
館の中から騒々しい音が聞こえてきて、一瞬とまどったが意を決して入ることにした。
もしかすると先客がいるのかもしれない。だけれど僕たちには、今夜しかない。だから入るしかない。
ドアに顔をつけて耳をすますと、言い争いをしているような声が聞こえて来る。
僕はひといきにドアノブを回した。

騒がしくしていたのは、昼間一緒に写真を撮ったキンシコウとゴンゴであった。
ゴンゴとは津山の方言でいう河童のことで、お猿と喧嘩しているのは、昼につやま自然館に行く前に立ち寄った土産物屋の前においてあった石像河童のゴンちゃんだった。
加藤さんと一緒に写真を撮ったゴンちゃん、僕と一緒に撮ったキンシコウ。
子供達に大人気で、昼間は終始にこやかだったゴンちゃんが、凄まじい形相でキンシコウと取っ組み合いの喧嘩をしている。
キンシコウは孫悟空のモデルになった猿というだけあって、カンフーの達人のような軽やかな身のこなしで、長い手足で河童の頭の皿やくちばしを乱暴に掴む。
負けじと赤茶色のお猿の毛をむしりとる河童。
しばらく僕たちは、余りの凄まじい二匹の喧嘩に呆然と眺める他なかった。

「あれ、お前たち知ってるぞ、昼間も来たろ」
二匹がやっとこちらに気がついた。加藤さんはハンチング帽を外して律儀に挨拶を交わすので、僕もつられて、こんばんはと会釈した。
「ハンチング帽の方は昼間、白いアイスクリイムを食べてたな」
河童は頭の上の皿を撫でながら、怪訝な表情を浮かべる。
「もうとっくに閉館時間はすぎてるんだぞ、表のセントバーナードの野郎は何してるんだ」キンシコウは息を切らしながら言う。
「あのう、なんでお二人は喧嘩してるんです?もしよかったら僕たちに訳を聞かせてください」
僕は話をそらすため二匹にたずねた。
「ああ、こいつがな、館長への土産に持ってきた、そずり肉食っちまったんだよ」
「じじいはもう肉なんかいらんだろう」お猿は悪びれる様子もなく手をひらひらさせる。
お猿はゴンちゃんがお土産に持ってきた、そずり肉とヨメナカセを一つ残らず食ってしまったらしく、そりゃあ腹を立てるのも仕方がない。
ゴンちゃんを不憫に思い、僕は加藤さんに耳打ちし相談した。
「もし、よかったら黒枝豆はいかが?お客さんにもらった美味しい枝豆だよ」
えだまめ!ゴンちゃんの顔がぱっと明るくなった。加藤さんはすぐさま表に停めてあった車の中から枝豆を持ってきてゴンちゃんに手渡した、はいどうぞ。
「さっそく給湯室にいって茹でてこよう、こりゃあ館長も喜ぶ!」

日本では昔々に偉い人が肉食を禁止して以来、江戸時代になるまで長い間、食卓に並ぶことがなかったそうなのだが、近江彦根藩と津山藩は薬として肉を食う(滋養強壮として)「養生喰い」なるものが認められていたらしく、それでこの地域に肉文化が根付いたのだと、枝豆を茹でているあいだにゴンちゃんが教えてくれた。
「昔は河童もたくさんいたんだけどなあ、、君らカッパとドンコツって話しってるかい?あれ、僕のことなんだぜ。ツボタジョージさ、ほら」
僕たちがかぶりを振ると、ゴンちゃんは寂しそうな顔をした。
「ここにゃあさ絶滅した生き物が沢山いるからさ、気持ちを分かち合える奴らがいて心強いのさ、だから館長が起きる時にはここへ遊びに来るようにしてるんだ、いつも一人で外に立ってたら、寂しいからね」
キンシコウは酔っ払ったのか、僕たちがあげたビイル缶片手に、ゴンちゃんの話を聞いて、めそめそ泣き出した。普段は青白いはずの顔に赤みがさしている。
「枝豆の礼に館長を紹介するよ、そろそろ起きて来る筈だから」キンシコウは勝手に二杯目のビールのプルタブを開ける
館長はホルマリン漬けになっている筈で、僕たちは、口では感謝を二匹につたえたものの少し不安であった。

あらま。
気がつけば目の前に、館長のケイゾウが立っていた。
羽織袴姿に、きちんと刈り上げられた銀色の頭髪に老人とは思えぬ鋭い眼光、右手には赤ん坊のホルマリン漬けを持っている。
「最近は規制が厳しくてな、これほどの剥製を集めるのは今となっては全く不可能といってよい、だから君たち館内は禁煙だからな、断じて吸ってはならん」
「館長はお煙草は吸われないのですか?昼間見た、ホルマリン漬けされた肺を見たら真っ黒でしたけれど」
ケイゾウの表情が険しくなり聞いたことを僕は後悔した。
じじいだけは特別さと、キンシコウがゆでたての枝豆を持ってきて、一同車座となってビイル片手に枝豆を食べた。とっても美味しい。
館長は酒好きでもあるようで、機嫌よくやってるのを見て安心した。

ふと、館長の臓器が展示されているケースに目をやると、中はすっかり空っぽになっている。
驚いた僕が加藤さんに伝えようと振り返ると、もっと驚いた事に彼の手には館長から手渡された赤ん坊のホルマリン漬けが。
君たちこれが見たかったんだろう?

あらま。

持ってきたビイルが次々と空いて、キンシコウはニホンザルのように顔を赤くして、ゴンちゃんはいつの間にか持ってきたキュウリでビイルを流し込んでいる。
二階からフルートの音色が聞こえてきたから、梅田さんもいるらしい。ヘラジカとクロコダイルとアリゲーターとコイを喉に詰まらせたオオサンショウオが踊り、ゴリラがリズムに乗ってパーカッションのように、パーの手で胸を叩くところを想像した。
今度はちゃんとイメージできた。

みんな楽しそうにしている。










追記
翌日、加藤さんとリサイクルショップに立ち寄る。
以前、岡山のナギ町にライブにいった時も寄った店。ここでも思わぬ出会いが

アコースティックギター。
いわゆるジャパニーズビンテージというやつ。FG130
迷よった末買った。遠征先で楽器を買うことになるなんて、、(決して高いものではないけれどね、というよりだいぶ安い)



喫茶 曲がり




ジン差し入れビールを飲み干す
キンシコウと僕


ゴンちゃんと加藤さん



いただいた枝豆


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