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人生

古くからの友人がマッチングアプリを介して女性と知り合い、無事交際に至ったという話を聞いて自分もそろそろ人肌恋しくなってきたし恋人探しするかと重い腰をあげてマッチングアプリを始めた。

しかし現実はそう甘くなく、メッセージのやり取りはするもののそれ以上の進展は無く自然消滅の繰り返しだった。まぁ、無理よなぁ…そう思いつつも一縷の望みにかけ続けて数ヶ月後

「山本さんの都合が合う日で良いので一緒にご飯食べに行きたいです!」

そんなメッセージが来ていた。彼女はひとみ(仮名)と言って、マッチングアプリ上で知り合ったのは1週間そこらだった
彼女からいいねを貰い、関係は始まった。
彼女は自分より少し年上、自分の素顔だというアイコンも物凄い美人だった。

何もかもがドストライクだった。しかも住んでいる場所も近くということで仲良くなるのにさほど時間は掛からなかった。

そんな中でのこのメッセージ。断る理由は無かった。
話はとんとん拍子に進み、3日後の夜に駅前集合という話になった。


そして、遂にその日が来た。
私は集合時間30分前に駅前にいた
正直浮かれ過ぎていたかも知れない。
だけどどうか許して欲しい
今から会うのは少し歳上で面倒見が良くて
ショートボブのスレンダーお姉さん。
私が年々思っていたこんな女性と付き合えたら嬉しいなを具現化したような女性なのだ。
これで浮かれるなは違うだろう

そして15分程経った頃…

ふとスマホを見ていた顔を上げると、正面の階段辺りに

スマホを弄る自爆前のセルがいた

おぉ…でっけぇ…
そう思いつつスマホに目を移すとちょうどひとみさんからメッセージが来ていた。

「着きました!ちょっと早かったかな😍」

楽しみにしてたのは自分だけじゃなかったんだなと少し嬉しく思い、自分も先程着いて階段を上って正面入口の方に立っている事を伝え、再び階段あたりを見る。

自爆前のセルはまだそこにいた。
セルはスマホを弄る手を止め、キョロキョロ辺りを見渡し再びスマホを弄りだす。

目が、合ったような気がした。

同時にひとみさんからメッセージが来る。

「見つけたかもです!今行きますね!」

目を階段に戻す。

セルがこちらに向かってきていた。
とびきりの笑顔で

「まじか!僕は見つけられてないです笑」

メッセージを送る、反応が無い。

目を正面に移す

セルが、目の前にいた

そして

「山本さんですか!?」

終わったんだと思った。
何に対して終わったと思ったのか
今でも分からない
唯、何で写真とこうも体型が違うのか
日々の筋トレの話や自分磨きの話は何だったのかとかの疑問より先に

終わった。

そう思った

正直、走って逃げたかった。
楽になりたかった

しかし、ここで逃げたらどんな報復があるか分からない。もしかしたら本当に自爆して地球が木っ端微塵になってしまうのではないか

そんな恐怖心が心を支配し、私は彼女とのデートを再開した。

事前に予約していたお店まで徒歩で行くことになっていたのだが
歩き始めて数秒でセルがこう言い始めた

「歩き疲れちゃったからぁんそこの焼き肉屋さん行こぉん」

徒歩と言っても駅から数分の場所である。
もうちょっとで着くから我慢しよ?と説得を試みるが
疲れた、お腹空いたの一点張りで遂には

「お肉のお腹になっちゃったのー!」

そう言い始めその場から動かなくなった。
これ以上は自爆の危険性がある為
やむを得ず焼き肉屋に行くことに。

焼き肉屋に入り、席についた瞬間物凄いスピードで注文をするセルに言葉を掛ける。

ちょっと写真よりふくよかだよね?

めちゃくちゃ失礼だと思う。
でもどうでもよかった。
嫌われて、ブロックされて向こうから関係を絶ってくれるのであれば御の字である
しかし、セルはそんな私の思いとは裏腹に飄々とこう答える

「それめっちゃ言われるwちょっと加工して細めにしてるんだよね。ごめんね?でもちょっとだからさー許して?」

もし、自爆前のセルからパーフェクトセルになるレベルの変化を「ちょっと」という言葉で表現しているのであれば
世の中の変化はだいたい「ちょっと」で済まされるだろう。そう言おうと思ったがやめた。

肉を焼き、食う、焼き、食う
無限かと思われるその行動は約3時間続いた。
私はあまり食欲が出ず肉を4切れ程食べ
後は彼女が肉を喰らう様をただ見ていた。
見ないでよー!と一丁前に恥じらってるのが少し可愛く見えてしまった。

店を出る時私は急に催し、トイレを借りる事にした。
多分水を飲みすぎたせいだろう。
用を済ませ、店内に戻ると彼女の姿が見えない

これはあれだ。食うだけ食って逃げたやつだ

怒りより嬉しさが来た。やっと解放される
痛い勉強代ではあったがこれもまた人生経験だ。

今度からマッチングアプリなんて使わず真っ当に生きていこう。

そう心に決めつつ肉4切れしか食べてないにしては高すぎる食事代を支払い店を出て空を見上げる。

いつもより月が光り輝いて見えた

まるで慰めてくれているかの様なその優しい月明かりの下、大きなシルエットが照らされていた

セルだった

帰っていなかったのである。

彼女は私を見つけるとドスドスと駆け寄って来て

「遅かったじゃん!うんこ?」

デリカシーの無さだとか言葉の汚さとか
色々思う所はあったが
もしかして最初から私に全額払わせるつもりだったのかという疑問で頭がいっぱいだった。
別に全部私が払うのは良い
というか払うつもりだった
しかし黙って外に出るのは如何なものか
私が奢るのは当然といったスタンスで話しかけてくる彼女に無性に腹がたったが、自爆されるのが怖くて何も言えなかった。

とはいえ今日の予定はご飯を一緒に食べるのみ
本当は夕飯を食べた後は夜の街をブラブラしたいなと彼女に会う前は思っていたが
当然、今の状況でそんな気が起こる訳もなく
私は別れの挨拶も早々に帰ろうとした

突然物凄い衝撃が背後から襲ってきた
これは比喩でも誇張表現でもなく
車に衝突されたと思った。

あ、死んだ

本気でそう思った

しかし実際はセルが背後から抱きついて来ていただけだった。

よく女性が痴漢をされた際、恐怖で声を出せなくなるといった話を聞くが今日初めてその気持がわかった。

本当に怖かった

セルは抱きついたまま耳もとに顔を寄せ

「カラオケ…行こ?」

従うしか無かった

カラオケに向かう途中セルが若干顔を赤く染めながらこう問いかけてきた。

「私達周りから見たらカップルに見えてるのかな?」

カップル?冗談じゃない。どう見ても脳筋パワープレイ型の弟とその肩に乗るインテリ頭脳型の兄にしか見えないだろう
そう思いつつ私はその問いかけに苦笑いを返しその場をやり過ごした。

セルはびっくりするくらい歌が上手かった
私は泣いていた、それが感動から来る涙なのか虚無感から来る涙なのかは判断できなかった。

2時間ほど歌い支払いを済ませ、店を出ると店前で待っていたセルと駅まで歩き出す。
その間会話は無かった

駅までくるとセルはおもむろに腕を私の腕に絡ませ、何故か頬を染めながら

「帰りたくないな…」

と、呟いてきた。

もう、限界だった。

私は明日は仕事だからとかなんとか説得してその場を凌ぎ、自転車に飛び乗り帰路についた。

ごめんなさいひとみさん。貴女はまたねと言ってくれましたがもう二度と会うつもりはないしあのマッチングアプリも消すつもりです。

あなたを受け入れてくれる男性が多分きっとどこかにいるから、その方と出会えるまでどうか頑張って下さい。
貴女の幸せを心から願っています

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