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10:じじの庭いじり見るの好きだったな

弟からじじばばの家に行った写真が
送られてきました。
「どう?」と聞くと
「元気だったよ」と返ってきました。
本当は僕も一緒に行く予定だったけれど
一度にたくさんで行くのも…
と母が言うので、今回は母と弟が
様子を見に行くことになりました。

「じじがボケたらしい」
と母から電話があったのは先々月のことで、
夜の散歩中だった僕は畦道の真ん中で
その言葉を聞きました。
耳に当てたスピーカーからは
微かに東京の雑踏の気配と車のエンジン音が
聴こえました。
「そうかあ」
星空を眺めながら僕はそう返事をしました。

昨年の6月に祖父母の家に一週間ほど
帰省をしました。
自動車免許を取り終わって、新しい職場に
就職するまでのつかの間の自由時間でした。
じじがだんだんと弱ってきていることを僕は
知っていました。
何度も手術をしていることも、
もうよく歩けないことも、耳が遠くなったことも。
ばばに関してもそうです。
相変わらずシャキシャキと口はよく回るのですが
耳はやっぱり以前に比べると遠くなりました。
話を聞くに、孫である僕が久しぶりに来たことで
二人は一時的にしっかりしないとと頑張ってくれたようです。

自分の年齢を考えた時に、二人が同じだけ
年を取ったのは当たり前のことで
いつかくることだとは覚悟していても
心のどこかでは、そんな日は永遠にこないと
思っていたかったのだと思います。
母は自分の両親と折り合いがあまりよくなくて
大学の時に家を出てからは、僕が知る限りでは
数えるほどしか帰っていないと思います。
そんな母ですら、顔には出しませんが
動揺していたのでしょう。
ボケたらしいというのも、ばばが母の妹に
助けを求めたのを妹から報告されて
知ったそうです。
「長女なのになぁ」
と、母はつぶやきました。
その一言には色々なものが混ざっていました。
だからこそ、僕だけでも
「そうかあ」
の気持ちでいてあげたいのです。

じじは庭いじりが好きでした。
菊を育てることが特に好きで、
品評会に出品するほどでした。
ミニトマトやゴーヤ、大葉など
小さな家庭菜園もしていました。
ばばはその大葉でジュースを作って
ヨーグルトにかけて食べました。
姿がないなと思うと大抵庭にいました。
麦わら帽子を被り、暑い中黙々と作業をする
じじのTシャツにじんわりと染みが広がっていきます。
僕は庭に降りた記憶がほとんどありません。
草むしりを手伝った記憶は微かにありますが
じじの庭は僕にとって聖域でした。

そんなじじも庭いじりをあまりしなくなりました。
思い出すじじは、いつも僕に背を向けて
しゃがんでいる姿です。
僕はその後ろ姿を、縁側から黙って見ています。
それでも
「じじ」
そう呼びかけると
二回に一回くらいは振り向いて
僕に笑ってくれるのです。