医療は延命にも救命にもなる。大事なのは「どう生きたい(逝きたい)か」〜マザーリーフデスカフェ
葬儀社、ライフネット東京(東京・品川)代表の小平知賀子さんが主宰するマザーリーフデスカフェが2月24日、ライフネット東京事務所で開かれ、看護師の大森泉さんが「延命治療の医療措置 メリットとデメリット」をテーマに、同じ医療措置でも不要な延命措置となるケース、重要な救命措置になるケースを解説してくれた。最後に、現在開発中という「いーとかーど」を使って、「ものが食べられなくなった時に、どんな生き方をするか」というシミュレーションゲームを行い、参加者は大いに盛り上がった。
大森さんは、山梨県で生まれ育ち、21歳で看護師に。地元の総合病院の消化器・呼吸器病棟、透析室、循環器病棟・心臓カテーテル室などを経て東京へ。2年間、病棟(内科、形成外科、泌尿器科、口腔外科)で勤務、昨年4月から東京・大田区のクローバースマイル訪問看護ステーションで、訪問看護師として働いている。「慢性疾患看護専門看護師」の資格を持ち、慢性的な病を持ちながら生き続ける人たちをどうケアしていくのか、日々考えているという。
大森さんは、「(人生の最終段階の医療として)延命治療(延命措置)、救命治療(救命措置)、心肺蘇生、緩和治療(緩和措置)などについて聞いたことがあると思いますが、その意味するところは何か、正しく理解することが大切」と切り出した。
2018(平成30)年に、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」が改訂された。そのポイントは以下の通り。
1 病院における延命治療への対応を想定した内容だけではなく、在宅医療・介護の現場で活用できるよう、次のような見直しを実施
・ 「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に名称を変更
・ 医療・ケアチームの対象に介護従事者が含まれることを明確化
2 心身の状態の変化等に応じて、本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針や、どのような生き方を望むか等を、日頃から繰り返し話し合うこと
(=ACPの取り組み)の重要性を強調
3 本人が自らの意思を伝えられない状態になる前に、本人の意思を推定する者について、家族等の信頼できる者を前もって定めておくことの重要性を記載
4 今後、単身世帯が増えることを踏まえ、「3」の信頼できる者の対象を、家族から家族等 (親しい友人等)に拡大
5 繰り返し話し合った内容をその都度文書にまとめておき、本人、家族等と医療・ケアチームで共有することの重要性について記載
このガイドラインの改訂をきっかけに、「人生の最終段階に向けて、万が一のときに備えて自分自身の大切にしていることや望み、どんな医療やケアを望んでいるかについて自分自身で考えたり、信頼する人と話し合ったりするプロセス=ACP(アドバンス・ケア・プランニング)、愛称・人生会議=が大切だと言われ始めました」と大森さんは振り返る。
しかし、「『どんな選択をしますか?』などと、急に質問を突きつけられたとしても、考えはなかなかまとまるものではない。ですから、ふだんから自分自身の人生観や価値観を見つめて、これからどう生きていくかを信頼できる人と話し合っておくことが大切です。そうしておけば、本人が認知症や寝たきりになって意思表示ができなくなっても、信頼する人が代わりに、治療や看護について判断できる」(大森さん)。
ACPは、「延命治療を含む人生の最終段階の治療をどうするか』を決めるプロセス」として注目されているが、「実は、そういったことは、本当は一番小さなことなんです」と大森さん。まず、『自分自身がどのように生きていきたいか』が大事で、そこから派生して、『どのように病気とともに暮らしていくのか』『どのように病気と向き合うのか』が決まってきて、『どこでどんなケアを受けながらどう過ごしていきたいのか』という段階になって初めて、心臓マッサージや、人工呼吸器、点滴処置、輸血、透析といった具体的な治療の話が出てきます」(大森さん)。
ようやく本日のテーマに近づいてきた。
大森さんは、もともとACPのような概念はあったものの、それが意味をなさなくなってきた現状を解説する。
「医療業界だけにしか通じないような言葉も結構あります。例えば、IC(Informed Consent)とDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)。 IC は本来、医師からいろいろな説明をされた上で自分自身や家族がどういう同意をしていくか、という意味だったのですが、最近は、単に『医師からの説明』という意味になっています」
「DNARはDNRとも言います。『(本人または家族等の意思表示を受けて、医師が行う)予測された経過における心肺停止時に心肺蘇生措置を行わないという指示』です。しかし、ある時に、いくらそのような意思表示をしたとしても、1年、2年治療をしたらものすごく元気になって、まだまだ自分自身の人生捨てたもんじゃないな、生きていたいなって思うことはある。そうなると、この意思表示は意味のあるものなのかどうなのかということになり、今は『治療については普段から話し合っておくことが何よりも大事』という流れになっています」
ここで小休止。コーヒータイム。
いよいよ、さまざまな医療措置がメリットをもたらすのかデメリットにしかならないか、の話に入る。
大森さんの問いかけその1:みなさん、元気ですか?自分が健康であると自信を持って言えますか?
「WHO(世界保健機関)の『健康』の定義を見ると、単に疾病または病弱でないだけでなく、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態を指すというのですが、私は持病を持っていて、ニトログリセリンを常備しているのですが、『健康です』と言えると思っています」と大森さん。「元気だとか、健康というのは自分自身の捉え方かなとも思います」。
「元気であるこということは延命治療を考える上での一つの物差しになる」(大森さん)。「延命する、命を長らえる、伸ばす、と言う状況は、そのままではもう亡くなってしまう状態。その最たる例が心肺停止」
心肺停止を防ぐための心臓マッサージは延命治療か。
大森さんの問いかけその2:延命治療って、どんなものが思い浮かびますか?
参加者から声が上がる。
人工呼吸、胃瘻(ろう)、心臓マッサージ、ペースメーカー、ECMO、人工透析、中心静脈栄養…。
大森さんは言う。「延命治療って、ものすごくたくさんあるんですけども、人生の最終段階を迎えるそのときまで、どのように生き切るのか、延命治療と言われるような治療であったとしても、そこから先の人生がどういうふうになっていくのかが大事」。
心肺停止状態になった時の心臓マッサージについて。
大森さんによると、救命曲線というものがあって、実は心肺停止からの救命率は、救命処置を3分かからずに始められると、75%ぐらいの割合でしっかりと心臓、呼吸が動き出し、社会生活に復帰できる可能性がある。しかし、5分経過してから始めると、それが25%に低下する。直線的ではなくて、がくっと一気に下がって、始めるまでに長い時間がかかると救命できなくなってしまう。このため、AEDと言われる心臓に電気ショックを与える機械が駅などの公共の場に置かれている。
人間の心臓は、何かの拍子に急に止まってしまうことがある。小学生だと、胸に野球のボールが当たって、一時的に心臓が止まってしまうこともある(心臓震盪)。でも、そのまますぐに蘇生処置が開始されて心臓がしっかり動き出せば、後遺症はほとんどなく、小学生だから、その先、何十年もの人生がある。
一方で、心臓マッサージをして、心臓が動き出したとしても後遺症で寝たきりになる高齢者もいる。治療の結果にはのすごく幅がある。心臓マッサージ一つとっても、延命処置としての心臓マッサージと、長い人生の通過点での医療処置としての心臓マッサージに分かれる。
人工呼吸器についても、それがないと生きられない人もいれば、元気で活発な若い人で、人工呼吸器が必要な病気になって使う場合もある。呼吸に必要な神経に障害が出てくる病気になった人は、人工呼吸器さえ使えばまだここから先、何十年もの人生がある。目の悪い人が眼鏡をかけるように、呼吸の障害で人工呼吸器を使いながら普通に日常の生活を送る人がいる。
そして透析。実際に透析をしながら、ものすごく生き生きと生活されている人も世の中には大勢いる。大体、週3回3〜4時間の治療が必要だが、それ以外の時は普通の生活ができる。透析の中にも腹膜透析、別名「お家透析」と言われるものもあり、病院に行かなくても、家でできる。体の中の腹膜を使って、お腹の中に透析のための薬を入れて、体の中の毒素や余分な水分を、お腹の中に入れている薬に溶け出させて、溶け出したものを、ある一定の時間が経ったら抜いてあげる。
腹膜透析の場合は、自宅でできるので、病院に行かなくていい。なので、透析というと延命治療のイメージが多い治療なのだが、緩和ケアとして、人生の最期、腎臓の悪い人が透析をしてもらい体の苦しさを取るケースもある。
この後、質疑応答で、ACP、延命治療などについて、盛り上がったーー。
延命治療と思われている治療にはこのほか、「人工栄養」がある。
胃瘻(ろう)、腸瘻、食道瘻、経鼻胃管、点滴などだ。
大森さんは、「結局は医療処置は、ここから先、人がどう生きていくかの手段でしかない」という。
病気ではないが、年齢とともに筋力や心身の活力が低下していって介護が必要になりやすい“健康と要介護の間の虚弱な状態〟を「フレイル」という。高齢になると、フレイルの状態になる人が多いが、こうしたフレイル状態になった人に対しては延命治療を行っても治療効果はとても少ないという。 「もともと元気だった人は、積極的な治療を行うと、元気を回復することが多いが、フレイルの人に積極的な治療をすると、合併症などのデメリットが出やすい人が多い」と大森さん。つまり、医療措置を施す人の状態次第で、同じ医療措置の効果も変わってくる。 「フレイルの進行した人に対しては、緩和ケアに力を入れた方が、良い結果がもたらされる傾向が強い」(大森さん)。
「患者の状況に応じて、最適な医療措置を選択することが、より良い人生を歩めるように手助けすることにつながる。医療措置の使い分けが必要」と大森さんは語る。
あなたは食べられなくなったら、どんな食生活を送る?開発中の「いーとかーど」を使って、食べられなくなった時のシミュレーションを参加者が楽しむ
最後の時間は開発中で未発売の「いーとかーど」というものを使って、参加者が「食べられなくなった時に何をしたい」かを考えるゲームを楽しんだ。
まずは大森さんによる「いーとかーど」の説明。
食の意思決定を支えるカード。意思決定としては「口から食べたい」とか、「人工的な栄養を使いつつ、さらに口からも食べたい」、「口から食べられなくてもいいんだけれども、自分の栄養を取るためには人工的な栄養を使いたい」、「もう食べられなくてもいいんだけれども、その家族の食べているその場に一緒にいたい」などいろいろな選択がある。
患者の家族は食べることについて、患者がこれから先どうなっていくのかわからず、何がどう変わるのかイメージできない。誰に聞いたらいいのだろう、医師に何度も聞けないなかで、疑問と不安を抱えたままこれからの患者の食のあり方を選択していかなければならない。それを考えるのを助けるためのカードが「いーとかーど」。
まさにACPだ。患者の状況次第で、食のあり方もどんどん変えていく。生き方の決定の中で「食」は重要な位置を占める。「いーとかーど」を使えば、要介護状態になってからも自分らしい食のあり方を描けそうだ。
「このカードをくださったのは管理栄養士の安田和代さん。安田さんらのグループがいーとかーどの商品化に向けて準備を進めている」(大森さん)。
このカードゲームは次のように進める。
・もしもあなたが、医師からこの先、今のように食べられなくなります。と言われたら、あなたは何を選択しますかーー各自、これを考える。
・各自が想像する今のようには食べられなくなってくる状態(老衰で食欲もなくなってくるなど)や年齢を設定して、その時の状態を考えて用紙に書く。
・カードは35枚。4人1組でゲームを始める。カードをよく切って、各人に5枚ずつ配る。
・カードを山札の周りに開いて5枚並べる。自分の手持ちのカードの中から、自分の価値観に合わないカードを山札の周りに置いてあるカードと交換していく(最初は絶対に1枚交換する)。交換するカードがなくなったら「パス」をする。4人がパスをしたら、山札の周りのカードを端に流し、新たに5枚のカードを山札から開き、同じように自分の手札を、自分の価値観に合うカードにしていく(1周目は絶対に1枚交換しなければならない)。
・なんで自分はこのようなカードを集めたかと言うことをグループの他の3人に話す。その場合、一番価値観の合う1枚を選んで説明してもいいし、選んだ5枚すべてについて説明しても良い。
そうすると、あら不思議。4人ともそれぞれの「食事観」がはっきりと表れた。
私のグループで具体的に選んだカードと説明を再現する。
女性Aさん。選んだカードは「介護者の負担にならない食事をしたい」。でも矛盾した自分もいて、「思い出のあるものや慣れ親しんだものを食べたい」という気持ちもあるという。でも「できあいの物でもいい」という。他に選んだのは「最期まで口から食べたい」「きれいな口にしてほしい」。介護系の希望でまとまった。
女性Bさん。「外食ができる」を一番に挙げた。このほか「食事のことで制限をされたくない」「味や香りだけでも楽しみたい」「のどごしだけでも楽しみたい」「胃ろうはしたくない」。食の自由、楽しさを重視するカードが集まった。
男性Cさん。「無理やり食べさせられたくない」「『食べたくない』を選択させてほしい」「体型を維持したい」「食事に関して相談できる専門家がいる」「栄養補助食品を利用しても良い」。元気な時の食生活よりも食べられなくなった時の「自由」を重んじるカードが多かった。
私。「旬のものを食べたい」「自分が食べられなくても誰かに作ってあげたい」「調理の音を感じたい」「お酒を楽しみたい」「家族とおなじものを食べる・飲む」。私は農園で10年作業をしており旬のものを毎日食べている。料理もよく作り、家族も喜んでいる。料理に合うお酒は欠かせない。ということで私の食事観がすべて盛り込めた。驚いた!
「いーとかーど」、恐るべし。早く市販に漕ぎ着けてほしい!
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