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第23回 ファクトチェック推進に尽力する弁護士の楊井人文さんに聞く(下)デマや不正確なニュースなどにだまされないためにはどうすればいいのか

 今回のゲストも、ファクトチェックを自ら手掛けるとともに、ファクトチェックの普及・推進にも務めてきた楊井人文(やない・ひとふみ)さん。
  私たちがデマや不正確なニュースなどにだまされないためにはどうすればいいのか。 楊井さんは「SNSの時代になって、昔は影響力を持たなかった無名な人たちのつぶやきさえ、一瞬で世界に広がるようになった。新しい技術によって、こういう現象が生まれた」とその背景を説明した上で、「不安だとか、憤りだとか、敵対心とか、そういったものが原動力になって、そういった情報が広がりやすい。これは昔も今も変わらない」と話す。
 「人間の不安とか、怒りの感情を煽るようなものには、特に注意が必要」だ。  ネット上に溢れるデマや怪しい情報をファクトチェックで防ぐことはできるのか?  楊井さんは「社会的な影響力、特に負の影響を及ぼす恐れの高いもは優先的にピックアップしてチェックするしかないが、現実にはファクトチェック団体、ファクトチェッカーのリソースは限られている。そして、難しいものよりも簡単、比較的やりやすいものを選んでチェックする傾向もある」と限界を認める。
 怪しい情報には近づかない、拡散しないということを各人が肝に銘ずるべきという意見もあるが、楊井さんは「人間はコミュニケーションが大好き。SNSのビジネスモデルには情報を拡散させる工夫も織り込まれている。SNSのビジネスモデルはそれをいかに拡散させるかで、ビジネスとして成り立たせた面があって、安易に書き込みを信じるなと言っても、人は自分が信じている人、親しみを持っている人の情報は、信じてしまうもの」と「初めから疑ってかかる」ことの限界を感じている。
 一方で楊井さんは「ただ拡散しないという消極的な態度だけではなくて、ちょっとこれは事実と違うのではないですかと積極的にいうことも必要」という。
 旧Twitter(X)はコミュニティノートというツールも用意している。「メディアやファクトチェック団体への情報提供も一つの方法だと思う」(楊井さん)。  しかし、異議を唱えたりすると攻撃される心配はないのか? 「Xのコミュニティノートは、指摘した人が攻撃を受けないように、ノートのメンバーは匿名で怪しいツイートに対して、異議を申し立てられる」(楊井さん)。  コミュニティノートに書かれたことに異議を唱えるノートもあり、匿名同士の泥仕合になることも。しかし、楊井さんは「冷静に議論を行うのであれば、大事な場」とみる。  楊井さんは「既存の伝統的なメディアの役割は大きい」と話す。「テレビや新聞も疑わしいところもあるが、情報のベースにはなる。そこでリテラシーを身につけた上で、ネット情報の海に入らないと、溺れてしまう。伝統のメディアはもっと信頼され、重要なのだと気づいてもらうべきで、だからこそ伝統メディアはきちんと情報を伝えることが必要」と伝統メディアの役割を強調する。
 「ジャーナリズムをもっと強くしなければならない、というのが大元にある。ジャーナリズムがきちんと機能するかどうかで、社会は大きく変わる、それだけ責任も大きい」「特にコロナ禍では、全体主義的な空気に包まれ、メディアや専門家の言説に社会が支配され、検証ジャーナリズムがあまりにも機能していないと感じることが多かった。言説中心型ファクトチェックの枠を超えて、独自の調査、データ分析、法的視点からの検証にもとりくんできた」(楊井さん)。
 「コロナ禍では、メディアもファクトチェックも機能不全に陥っていた」と楊井さんはみている。「いろいろなものを、モグラたたきのように調べてはいたが、本質的なところを、きちんと検証できていたのか疑問」という。 そんな中で、個別の言説・情報に焦点を当ててその内容が正確かどうかを検証する「言説中心型ファクトチェック」が現在の主流だが、議論のある現実の問題にフォーカスを当てて人々の理解に役立つ事実を検証する「問題中心型ファクトチェック」も提唱されている。「まだやっているところはあまりないが」(楊井さん)。
 例えば、福島原発のタンクから放出される処理水の問題の全体像を明らかにするファクトチェック。
 「気をつけなければいけないのは、政府が言ってることを整理すればいいというものではない。政府や東電の公式情報も疑ってかかということも含めて、ファクトチェックすることをやるべきだが、残念ながらまだやれていない」(楊井さん)。
 最近注目されている生成AIはどのようにファクトチェエクに絡んでくるのだろう。 楊井さんは「画像が本物か、改ざんされているかを見破るといったAIが得意な分野は、AIにある程度頑張ってもらうことは今後あり得るが、AIが言ってることに最終的に責任を持つのはやはり人間。それを忘れてしまうと、AIの出した情報に人間が振り回される」と注意を喚起する。
 熊本地震でライオンが放たれたという情報はフェイクだったが、それがAIによって判明したとしても、本当に熊本地震で、ライオンが動物園から放たれていないという証明にはならない。ジャーナリストならば必ず動物園に取材するだろうし警察にも確認する。必ず人間の作業が残る」(楊井さん)。  ファクトチェックは誰が担い手になるべきなのだろうか。  楊井さんは「ジャーナリズムが中心になるべき」とみる。
 ネットにデマが溢れ、偽情報問題がっていうのがクローズアップされてくると、G7とかでも、声明にも盛り込まれたり、国連がこのテーマに取り上げるなど、偽情報対策の必要性が、世界中で叫ばれるようになってきた。楊井さんは「これは正直危機感を持っている」と話す。  「偽情報自体も問題だが、あまりその危機を過大視するのも危険」と思っている。「偽情報対策を行政が前面に出て行うということには、気をつけなければいけない」。  何が本当なのかというのは、そう簡単に答えの出る問題でないことが多い。  スモールファクトですら、真偽が議論になることもあるくらいなので、安易にこれが偽情報と政府などが公的な立場で言い切ると、みんなそちらの方に流れてしまう」。
 総務省のプラットフォームサービスに関する研究会でも偽情報対策を議論してきたが、楊井さんは「ずっとファクトチェックは民間主導で、じっくりやっていくべきだと主張してきた」という。しかし、最近、政府が前面に出るようになってきたという。 「ここ数年、コロナは厚生労働省、ウクライナ危機など安全保障の問題では内閣官房が中心になって、行政が自ら偽情報対策という名のもとで、いろいろな動きをしている」。楊井さんは「これをメディアはほとんど無批判に報道するが、これはちょっとまずいことだと思う。政府が偽情報対策に乗り出すというとき、一体何をするのかを注意深く、ジャーナリズムは見ていかないといけない。それが政府の言論統制に繋がる可能性もあるからだ」と危惧する。
 楊井さんは「ファクトチェックはまだ試行錯誤の段階。ただ、10年近くファクトチェックの活動に携わってきて、課題も見えてきたので、私なりにいろんな危機感もありますのでそれをどうやって一般社会に向けて発信していくか考えている」と話していた。

 キャスターは町亞聖&相川浩之。
 「翔べ!ほっとエイジ」はYouTube(動画)と主要Podcast、stand.fm(音声)で配信。


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