猫(牛)と木下さん
(↑この記事の続き)
2匹の牛は、しばらく母猫のヒデと一緒にやって来た。
あんまり人間の食べ物を与えても悪いようだから、自分はいつものコンビニでキャットフードを買った。店のおやじは自分が寮に住んでいるのを知っているから、「猫飼ってるの?」と不思議そうな顔をした。「自分で食うんですよ」と云っておいたが、信じたかどうかはわからない。
ヒデと牛が来ると、紙コップを浅く切ったものに水を入れてキャットフードと一緒に出してやった。キャットフードは寮母さんにばれないよう地面に置いた。
ヒデ自身はあんまり食べず、牛たちに食べさせているようだった。
牛はやがて兄弟だけで来るようになり、それからじきに1匹だけになった。
もう1匹は近所の家で飼われるようになったのだと木下さんから聞いて、自分もそのつもりでいたけれど、近所づきあいをしているわけでもないのに木下さんがどうしてそんなことを知っていたのものか、甚だ判然としない。全体、思い込みが強い人だったから、やっぱり思い込みだったろうと思う。
ことによるとこちらが1匹だと思っていただけで、実際は2匹が別個に来ていたのかもしれない。もう今となってはわからない。
1匹でも2匹でも、随分毛並みがきれいだったし、ノミ取り首輪を着けて来たこともあるから、どこかの家で世話にはなっていたのだろう。
牛はいつも窓の前から「にゃぁ」と呼んだ。こちらも窓から入れてやり、飯を与えたり膝の上で撫でてやったりしていた。
ある時、外でにゃぁと云ってるのを相手にせずにいたら、網戸をぶち破って入ってきた。「おい!」と𠮟りつけたら二度としなかったから、存外頭がいいやつだったのだろう。
破れた網戸はガムテープで補修したけれど、すぐに剥がれた。夏だったから蚊が入って来て随分困った。寮母さんや大家に直してくれと云うと「何で破れたの?」となりそうだから、とりあえず黙っておいた。そのうち2階で部屋が空いたから、こっそり網戸を入れ替えた。
「あんたの猫が入ってきて勝手に焼きそばを食べたよ!」と木下さんが言ってきたこともあった。
あの時は、そんなことをするなよと云いつけたらそれぎりしなくなったようだった。いよいよ賢いやつだったらしい。
なお、学生寮の話だから登場人物はみんな男だと思われるかも知れないが、木下さんは女子である。そうして、二人いる。