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気持ちの悪い犬

 子供の頃は犬が苦手だった。犬が来ると、噛まれるんじゃないかと思う。舐めてくるのも気持ちが悪い。走って逃げると追いかけて来るし、こちらよりもよほど速いからきっと追いつかれる。全体、何がしたいものだか、意味がわからない。
 小学校の三年生ぐらいまでは、そんな感じで苦手だったように思う。あるいは、自分の前世は犬に噛まれて死んだ人だったかも知れない。

 ある時、母とどこかへ出かけた。まだ妹がいなかったので、自分も随分幼い頃だったろう。
 舗装された道を歩いていたら、犬が一匹いた。首輪のない、茶色い犬だった。
 気になってちらちら見ていると、とうとう犬と目が合った。犬はのそりのそりと歩き出し、後をゆっくりついて来始めた。
 自分は大いに困惑した。ただでさえ怖いと思っている犬がヒタヒタ後からついて来るのだから剣呑だ。
 どうにも気になって、相変わらずちらちら様子を窺うと、犬の方ではこちらが「ついて来い」とでも云ってるように解釈するのか、どこまでもヒタヒタついて来る。

「ついて来るよ、どうしよう」
「見るからついてくるのよ。前を向いときなさい。見なかったらそのうちどっか行くから」と母は言う。
 そう言われたって気になる。見ない間に真後ろまで来て、ガブリとやられてはかなわない。不安でついつい振り返る。それで犬はいよいよついて来る。
 母が犬を追い払ってくれないのが不満だった。

 犬はしばらくそうしてついて来たが、そのうちに諦めたようで、気付けばいなくなっていた。
「毛が抜けてて、気持ち悪い犬だったねぇ。何かの病気だったんじゃないか知ら」と母が言った。
 変な病気の犬につけられていたと思ったら、ますます怖くなった。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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