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カッパ〜解題〜

 昔、あるライブハウスのオーディションイベントに出演した。初出演のバンドばかりが数組集められたイベントである。
 出演バンドの中には、名古屋から来たというビジュアル系もいた――その時分には「ビジュアル系」という言葉はまだなくて、「お化粧バンド」と呼んでいた――。
 このお化粧バンドは、何だか愛想のない人たちだった。通常は楽屋に入れば「よろしくー」とか「お願いしまーす」とかお互い言い合うところを、彼らは黙ったままで鏡の前に陣取って、化粧を始めた。そうして時折、メンバー同士で何やらヒソヒソ話していた。どうもこちらの存在は端から目に入っていないような調子で、甚だ印象が悪かった。

 その隣に座って、木寺が島崎の顔に絵の具を塗り始めたら、別のバンドの人が噴き出した。
「それ、何をやってるの?」
「ん? これ? カッパ」と、木寺は答えた。島崎は黙っている。口を開こうとすると、「動くな」と木寺に怒られるのである。
「うちのベースはカッパなんだよ」と木寺が言った。

 顔中緑色に塗りたくった後、予め用意して来た皿と嘴を装着して、島崎は愈々いよいよカッパになった。
 完成した姿を見て、対バンの人たちはますます笑った。中には涙を流している人もある。島崎は「嫌すぎる」と言ったきり、ムッとしていた。メタリカのTシャツを着ていた。そうしてお化粧ズはやっぱり黙ったまま、今度はスプレーで髪を立てていた。本当は笑いたいのを我慢していたのではないかと思う。

 出番の後、カッパが皿と嘴を外してメイクを落とすと島崎になった。それで最初に見ていなかった人たちにも、カッパの正体が島崎だとバレた。けれどもみんな、「あなたがカッパだったんですか」とか言うでもなく、見て見ぬふりをしていた。
 お化粧ズはちょうど出番だったから、やっぱり何のリアクションも見ていない。
 それから最初に笑っていた人たちが、お化粧ズを物理的に叩きのめして、警察に連れて行かれた。
 自分は、こんなに怖いやつらだったのかと感心すると同時に、あのお化粧ズだったらそうなってもしようがないだろうと得心した。


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百裕(ひゃく・ひろし)
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