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新宿に至る道

 小五の時に藤本の家で遊んでいたら、先方のお母さんがおやつにと、マクドナルドのポテトを買って来てくれた。
 ちょうど、マクドナルドが近くに初めてできた頃である。それまでは広島市内の中心部にしかなくて、自分らのような田舎の子供はあんまり目にする機会もなかった。
 藤本のお母さんは、その近くにできた店で買ったのだと云った。近くとは云っても隣町だったから、もうきっと冷めていたと思うのだけれど、この時は随分美味くて驚いた。
 それが自分の初マクドナルドだった。

 中学生になってから一度、級友の長谷川と一緒に市内へ映画を観に行って、帰りにマクドナルドへ寄った。
 あんまりお金がなかったのでポテトのSだけを頼むことにしたが、恥ずかしいから長谷川に小声で「お前のと一緒に頼んどいてくれ」と言って、先に席へ行こうとした。
 ところが長谷川には意図が上手く伝わらなかったようで、「お前、注文どうするんや」と呼び止められた。
 結局「ポテトのSを一つ」と、自分でオーダーした。噛み合わないやりとりを演じたせいでスタッフのお姉さんも何だか怪訝な顔をしており、余計に恥ずかしかったのを覚えている。
 後になって、ある芸能人が雑誌のインタビューで、マクドナルドに入ったものの恥ずかしくて注文できなかったと云っていた。やっぱりな、とその時は大いに共感したけれど、恥ずかしい理由が自分とは随分違っていたんじゃないか知ら、と今は思う。

 横浜に住んでいた頃、友人の松井と二年振りで会うことになった。
 約束の時間まで結構あったから、石川町のマクドナルドで時間を潰して行くことにしたら、テーブルの上でアイスティーをうっかりぶち撒けた。着ていたシャツまで濡れてしまい、紅茶の染みは落ちないので、急いで帰って浸け置きした。
 せっかく早く家を出たのに、そんなことをしていたら随分遅くなった。まだ携帯電話が普及する前で、連絡の取りようもないから、事によるともう待っていないかも知れないと思ったが、不機嫌な顔で待っていたから驚いた。
「ごめん」と詫びたら、「おぅ」と云った。
 それから新宿で飲んで帰って来た。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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