牛歩戦術
パスタ屋の店長として、最後に担当したのは川崎の新規オープンだった。思うところあって、この店を落ち着かせたら辞めようと、赴任前から密かに決めていた。
行き違いからパートさんがごっそり辞めてしまったり、深夜帯の片腕と見込んでいた者が人間関係のトラブルで辞めてしまったりと苦労はしたけれど、一年がかりで万全の体制が出来上がった。
これで暫くは楽にやれそうだと思った途端に「そう云えば、辞めるんだった」と思い出し、上司のブロックマネージャーにもう辞めますと電話をした。
このマネージャーは他の部門から来たばかりで、付き合いが浅い分、辞めると云うのにあんまり躊躇をせずに済んだ。
先方は果たして「え?」と驚いた。
そうして、「ひとまず聞きました。君の希望にそえるかはわからないけど、まずは上に報告します」と言って電話を切った。希望にそえるも何も、こちらは辞めると云っているのだから辞めるだけだ。
それから元上司や役員や、いろんな人が引き留めに来た。事前に井上から聞いていた通りである。
この職場は慢性的な人不足だったから、誰かが辞めると云ったら大抵こうして引き留める。逆に、引き留められなかったらちょっと嫌だなぁと思っていたから、安心した。
そうして引き留められて「じゃぁやっぱり続けます」となる人もある。井上もそのクチだった。
自分は誰が来たって「辞めます」としか言わなかったけれど、そんなことをだらだらやっている間に二ヵ月が過ぎた。夏に辞めると言ったのが、もう秋になっている。どうやら、なし崩しに引き延ばす作戦らしい。
ある日、マネージャーが店に来た。彼は退職問題は上に任せているというスタンスで、会ってもその話はせず、店の営業を手伝ってくれた。
晩になってそのまま帰ろうとするから、近くの飲み屋に誘った。
小さな店で、カウンター席に並んで座った。
「五十五年組って云うそうですね」
「目立つのが何人かいただけだよ」
昭和五十五年入社の社員には優秀な人が多かったそうで、社内で五十五年組と呼ばれていた。このマネージャーも五十五年入社だった。
「現に、君が知ってる甘木さんだって僕の同期だよ。大した事ないだろう?」
「大した事ないですね」
「やっぱり気は変わらないか?」
「こういう条件なら残ってもいいです」と、自分は絶対無理な条件を二つ挙げた。
「それは無理だなぁ……」
「でしょう? 自分も残るつもりはないんで」
「……僕も本当は辞めたいよ」
「辞めたらどうですか?」
「そうはいかないよ、家族がいるのだからねぇ……」
翌日、労基署に電話をした。いつまでも牛歩戦術に付き合ってはいられない。
「辞めるって言ってるんですが、辞めさせてくれないんです」
「いつ辞めるって言ったんですか?」
「二ヵ月前です」
「だったらもう、出勤しなければいいんですよ」
「あ」
目から鱗とはこのことだと思い、早速マネージャーに電話をした。
「労基署に相談したら、出勤しなければいいって云われました。来週辺りからそうしようと思うので、後はお願いします」
「え! 労基署? 君、ちょっと待ってくれ、えぇ?!」
マネージャーは随分狼狽えていた。労基署には思った以上の威力があるらしいと感心した。そうして、勝ったと思った。
尤もそれが本当に勝ちだったかどうかは、とうとうわからないままだ。
そこから話が急にまとまって、十月末に退社した。