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百裕(ひゃく・ひろし)
2024年6月30日 00:00
自分が幼い頃、祖父の家は古い日本家屋でトイレが汲取式だった。 ある時、そのトイレへ行こうとしたら、穴の底から青白い手が伸びてきて尻をツルンと撫でられる気がした。全体どうしてそんな気がしたものかはわからない。何かのテレビ番組でそういうシーンを見たの知らと思うが、もう全く覚えていない。 自分は何だか怖くなって、あのトイレは使いたくないと駄々をこねた。 手が伸びて来てお尻を撫でられそうだと云った
2024年6月28日 00:00
ある時、庭の草取りをしていたら嘉村さんの勝手口から猫が出て来た。「おや、嘉村さんは猫を飼っているのか」 すると妻が「あらこんにちは」と、フェンス越しに言った。 知り合いみたいな調子だったが、相手は猫だから答えるわけもない。ただじっとこちらの様子を窺い、じきにどこかへ消えた。 茶色のトラ猫だった。ジャッキー・チェンの『スネーキーモンキー蛇拳』に出てきた猫もあんな色柄だったように思う。その猫
2024年6月26日 00:00
独身の頃、住んでいたアパートの玄関前にカブトムシがいた。 もうカブトムシで喜ぶ年ではないし、あんまり虫に触りたくもないのでそのまま放っておいたら、翌日もまだそこにいた。さらにその翌日もいた。 死にかけているのではないか知らと思ったが、別段弱っているようでもない。普通にのそのそ動いている。きっと夜にはどこかへ行って、食事を済ませて戻って来るのだろうと得心した。 一番奥の角部屋だったから、人に
2024年6月24日 00:00
十九の夏、スーパーマーケットの衣料品売場で紫の鼻緒が付いた畳の雪駄を見付けた。それが随分格好良く見えたので、買って帰って早速履き始めた。 畳敷きだから履き心地が良い。おまけに鼻緒が紫で凄味がある。これはいいものを買ったと大いに満足し、毎日履いた。 その時分には学生寮住まいで、寮内(屋内)ではスリッパを履いていた。 スリッパは実家から持って来たものだった。家から持って来たものをいつまでも身に
2024年6月19日 12:06
小学生の時、隣に先生が住んでいたことがある。 女性の先生で、石田ゆり子に似ていたように思うが、随分昔のことだからあんまり判然しない。担任ではなく、受け持ちの学年も違っていたから、関わることはなかった。ただ隣に住んでいただけである。 隣は元々別の人の家で、暫く貸家にしていたらしい。先生は一年か二年ぐらいでよそへ引っ越したようだった。 やっぱり近所に、高校の世界史の先生が住んでいた。この先生
2024年6月16日 22:44
娘を連れて帰省した際、山陽道のサービスエリアに立ち寄ったらアンデルセンの店があった。 アンデルセンは広島の大きなパン屋で、子供の頃に何度か連れて行ってもらったことがある。クリームパンが大いに美味かったように思う。 ちょうど昼時だったから、そこでパンを買うことにした。「アンデルセンはね、クリームパンが美味しいのだよ」と娘に教えてやったけれど、娘はあんまり興味もない様子で、別のパンを指差す。
2024年6月15日 23:00
二十年ばかり前、仕事の合間にホームセンターを覗いたら、青い文字盤の腕時計が目についた。サービスカウンターのガラスケースの中で、随分キラキラ光って見えた。それまで赤い文字盤のを使っていて、青いのもほしいと思っていたから余計に心を惹かれたのである。 一万円とちょっとで、別段高い時計ではない。ちょうど前日にパチンコで買っていたこともあって、その場で買った。 ストップウォッチの機能が付いたクロノグラ
2024年6月13日 08:00
近頃は髪を切るのを千円カットで済ませてしまうけれど、若かった時分には美容室へ行っていた。 ある時、近所に新しい美容室ができていた。マンション一階のこじんまりとした店で、いつの間にオープンしたものか気付かずにいたのである。 店に入るとスタッフが三人おり、それぞれがいらっしゃいませと云ってきた。三人とも割と年輩の女性である。自分の他にお客はいなかった。 店主らしき人が椅子を指して「どうぞ」と
2024年6月7日 23:16
今の家に住み始めて十年ほどになる。 最初は随分鳥の多い所だと感じた。雀のような小鳥ばかりでなく、白鷺も青鷺も雉もいる。 それから、何だか知らないけれど鷺より少し小さめで嘴が黄色いやつもいる。この鳥を妻と娘はキイバシと呼んでいるから、てっきりそういう名前の鳥だと思っていたが、それは勝手に付けた名前で、本当はケリというのだと、先日たまたまテレビで知った。 近頃はどうやらこのケリが近くの田圃に巣