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月面着火
八番目の月の炉にシャベルで燃料を焚べ終えると、ジンは滴る汗を袖で拭った。
燃料はガラ鉱とロベニア鉱。仕上げは”Purple Haze”と印字された遺物の欠片。
円盤の一片を炉の奥深くに押し込み、扉を閉め点火ボタンを押す。轟々と燃料の燃え盛る音を聴きながらジンはコロニーの祖父に通信を飛ばした。想定では、妖しくくすんだチリアンパープルの球体が蒼黒の宙に鎮座している筈だ。
「どうだ、ドグ爺?」
「悪くねえ、良い塩梅に煤けていやがる。使ったのはジミヘンか」
「ああ、シアトルで仕入れた名盤だ。ドグ爺の十八番にゃ負けるがな」
「あったりめぇよ。月をミラーボールに仕立て上げられるのァ、この世で俺っちただ一人だ」
かつてシカゴで”September”を発掘し、極彩のスパンコールを夜空に輝かせた伝説の点火師が塩辛声を弾ませ呵々と笑う。
「火が落ちたら帰って来いよ」
「いや、仮眠を取ったら地球に向かう。ロンドンだ」
「地球に直行だと?しかもロンドンってのァ一体──」
「ケイの為だ」
訝しがるドグに、ジンが連れ合いの名を出した。
「あいつ、治る見込みが無いらしい。病院で咳き込みながら言われたよ。『死ぬ前に真っ赤な月が見たい』って」
八つの人工月に色彩を与える”点火師”の腕は選曲と発掘力で決まる。
音楽家の生地、或いは楽団の結成地で録音された円盤のみが月を彩る魂の依代足り得る。三年前にセントルイスで”Johnny B. Goode”を発掘しゴールドセピアに月を煌めかせた事で、ジンは祖父の後継として八番目の月を任された。
崩落した時計塔を背にジンはグレッチを構える。
目の前には”真紅の王”の名を冠する円盤とギタリストの亡霊。音楽家の亡霊とセッションし技量を認められる事で円盤は魂を宿す。発掘力、即ち演奏力だ。
「行くぜフリップ。俺はジミヘンを倒した男だ」
「それは楽しみだ」
超絶技巧の亡霊もレスポールを構える。
【続く】