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なぜ長下肢装具を使うのか‐運動学習の観点から
脳卒中のリハビリテーションに関わっている方は、一度は目にしたことがある長下肢装具。皆さんはどのぐらいの頻度で使っているのでしょうか。
現在、ご存知の通り重度の脳卒中片麻痺者に対しては、長下肢装具を用いた立位、歩行練習が行われています。
その背景として、脳卒中ガイドライン2015(2015年に出された脳卒中診療の指針)で以下のように紹介されています。
歩行や歩行に関連する下肢訓練の量を多くすることは、歩行能力の改善のために強く勧められる。
長下肢装具を使った方がいいのは分かった。でも、なぜ使った方がいいのか、、、、これは私が新人の頃の悩みでした。昔を振り返ると、先輩に聞きながら進めるも、理解が不十分であり、自信をもって長下肢装具を用いた歩行練習を提供できていませんでした。
M.チクセントミハイのフロー体験喜びの現象学によると、目の前の患者さんに集中して理学療法を提供するためには、目標設定が必要だと考えられます。長下肢装具を自信をもって使うためには、長下肢装具を何のために使って、どんなことを達成したいかがポイントになります。
そこで一般的な長下肢装具を用いる理由についてまとめてみようと思います。
なぜ長下肢装具を使うのか
①運動学習の観点から:課題指向練習を達成するため
②解剖学的な理由:大腰筋を使いやすくするため
③神経学的な理由:CPGを駆動させるため
①運動学習の観点から:課題指向練習を達成するため
現在、課題指向、歩行でいえば「歩行は歩行練習の中でよくしましょう」という練習が推奨されています。その説明を始めてすっきり理解できたのは、「理学療法技術の再検証」という書籍での大畑光司先生の文章でした。
臥位や座位での運動の習熟が、立位や歩行などの改善を促すとは言い難い。
座位では膝関節伸展筋活動を発揮することができなくても、歩行が安定して行える例は多い。この理由は、随意筋活動と歩行時の筋活動では制御機構そのものが異なるからである。
また運動学習では、転移性というある学習が他の学習に影響を及ぼす性質を考慮する必要があります。これについては、「極める!脳卒中リハビリテーション必須スキル」の増田知子先生の記載がとても分かりやすい。
運動課題間の類似性が高いほど転移性は高い。つまり、達成目標である課題に対して取り入れた課題が似ていれば似ているほど、達成したい課題の学習が進む。究極的に似ている課題は同一の課題であるので、歩行という運動を学習するための課題としては歩行そのものを採用することが最も効率的である。
座位での随意的な運動と歩行との制御機構の違い、転移性を考慮すると歩行を改善するためには歩行、あるいはStepなどの類似した課題での練習が必要になります。
では、歩行練習が困難な重度脳卒中片麻痺者に対して、我々理学療法士が歩行練習を行うにはどうしたらいいのか。
そこで長下肢装具の出番になる。
「運動療法の計画・実施のための基本的要素」の中で才藤栄一先生は、行動変化を起こす重要な因子として1)量、頻度2)難易度3)フィードバックの重要性を述べています。
スキル獲得のためにはその練習量と頻度が最も重要な因子となる。
長下肢装具を用いることで、介助下での歩行練習が可能となり歩行の練習量を確保することができます。
装具により運動の自由度を減ずることで、課題の難易度調整を可能とする。
通常、股関節3方向、膝関節1方向、足関節3方向の合計7方向の制御を行う必要があります。長下肢装具を装着することで、股関節3方向、足関節1方向(足関節の制御様式によっては0方向)の合計4方向と、自身で制御しなければいけない方向が減るので、運動自体の難易度を減らすことができます。
脳卒中片麻痺患者の歩行を改善するためには、歩行練習が必要。特に重症度が高く、歩行練習量が確保できない時、歩行練習の難易度が高い時には長下肢装具を使う必要性が高いことが考えられます。
次回は、「②解剖学的な理由:大腰筋を使いやすくするため」についてまとめていきます。
*私も勉強中です、気になった点があったらコメントで教えてください!
引用文献
大畑光司(2015). 中枢神経疾患に対する理学療法技術の変遷. 福井勉,他(編). 理学療法技術の再検証科学的技術の確立に向けて: 三輪書店, pp.2-14.
増田知子(2016). 脳卒中リハビリテーションに下肢装具を用いる根拠. 吉尾雅治(編). 極める!脳卒中リハビリテーション必須スキル: 株式会社gene, pp.49-54.
才藤栄一, 他. 運動療法の計画・実施のための基本的要素-特に治療的学習について-. 総合リハ. 2005; 33(7): 603-610.