元スポーツアナ週一コラム vol.8 スピードと泥酔と涙 9月22日編 12 仙田和吉 2022年9月22日 15:46 スピードと泥酔と涙今月7日中央競馬ダート界を支えた1頭が登録を抹消され引退した。彼の名はインティ❗デビュー戦で9着に敗れた後破竹の7連勝でG1の勲章を手にしたスーパーホース。残念ながら連勝後は勝利から見放されたが競争生活を精一杯駆け抜けた馬である。そんなインティがG1ホースの仲間入りを果たしたレース迄には、隠れたドラマが有ったと管理する野中賢二調教師が話していた。 この馬を生産したのは北海道・浦河にある昭和15年創業の小さな牧場、家族経営で2代目の山下恭茂(きよしげ)さんが主を務める。その恭茂さんが2018年9月脳出血で倒れてしまった。その前インティ自身も体質の弱さから約1年競馬が出来ない状態に陥っていた。そんなコンディションにも関わらず恭茂さんの倒れる2ヶ月前戦列にカムバックすると、鞍上武豊Jを迎えほとんどが逃げ切り圧勝❗5連勝の快進撃を演じた間、相手につけた差は22馬身。恭茂さんを励ますように圧逃劇を続けたと言うのである。間違いなく病気と闘っている山下さんは気持ちが前向きになり、病に勝つ為必死に治療に臨む筈。生産者を想うように鮮やかな逃げ切りを続けるインティ❗遂には2019年フェブラリーSを勝利しレース後の表彰式が行われた。当然生産牧場の表彰も行われ、晴れの壇上に立ったのは由吏子夫人。「この勝利が主人の回復の力、 励みになる」とインティの姿に感動の言葉が!正に親思いの様な激走、関係者は心を打たれたのである。そんなインティ、武豊J騎乗も有りダート界のサイレンススズカと評する人も多かった。そしてその名前を聞けばあの華麗な逃げ脚とてつもないスピードが蘇り、またラストシーンを思い出すと涙が溢れるファンも大勢いる事でしょう!サイレンススズカは競走馬としては遅い5月生まれ、本来なら母ワキアにバイアモンと言うお父さんを配合する予定だった。しかしながら2回の不受胎により、急遽お父さんはサンデーサイレンスに決まった‼️まだ日本で産駒がデビューしていなかった為、その段階では1つの賭けだった。振り返ればこの血統が爆発的なスピードを生み出す事になり、命を左右する配合になったのである。そんなサイレンススズカデビューは1997年・2月1日京都競馬場で7馬身差の大差逃げ切り勝ち!一気にその名が広がった。当然その後はクラシックを狙う路線を考え次走は中山の弥生賞、ここで思わぬアクシデントが発生スタート直前ゲートを潜ってしまい外枠発走。しかも大出遅れとなりその段階で普通ならジ・エンドを、3・4角では一旦先頭に並び掛けるスピードを見せる❗結果は8着もスタート後の大差から見せ場を作った内容は、負けて強しを窺わせた。ただ1つの躓きが走りの歯車を狂わせ、重賞では勝てないシーンが続く事になる。騎手も上村J➡️河内Jと替わり、デビュー9戦目本調子に及ばない中の香港遠征から鞍上が武豊Jとなった。元々遅生まれの為その才能に成長がついて来なかったのと、稀なスピードのコントロールに手を焼いた事も有り今で言う3歳時は3勝止まり。しかし年が明け遂にサイレンススズカは覚醒していく!その要因の1つとして武豊Jが、あるクセに気付いたのである。サイレンススズカは抑えようと思っても効かない、走っている時が1番楽しそうだから前半から好きに行かせた方が良いと考えた❗つまり少々のオーバーペースには目を瞑り、前に行く気持ちを優先させようという競馬をし始めたのである。先ず年明けのバレンタインSを4馬身差で逃げ切ると、初の重賞制覇となった中山記念続いて小倉大賞典と連覇。そして圧巻はその次の中京競馬場・金鯱賞、影をも踏ませぬ大逃亡で2着馬に約11馬身差。完全にスターダムにのし上がった!この勢いで挑んだG1・宝塚記念は武豊Jエアグルーヴ騎乗の為南井Jに乗り替わりも、見事に逃げ切り待望のG1ホースの仲間入りをを果たした。その後3ヶ月の休養を挟み、ファンも何処まで強くなるのか?と期待した注目の秋。初戦は天皇賞へのステップレース毎日王冠、この時レース前に脚をぶつける事態や他馬より重い59キロという斤量で不利な条件。加えて好メンバー揃いで不安も有る中、レースでは例によってハイペースで進み結果は後の凱旋門賞2着エルコンドルパサーに2馬身半差をつけた快勝。負けるイメージが沸かない走りを身に付けたように思えたのであった。そして迎えた1998年11月1日秋・天皇賞!期せずしてゼッケンも1番、1着ゴールしか想像できない雰囲気に包まれた。13万人を超えるファンが詰め掛け、大逃走勝利を願う単勝1・2倍❗大歓声の中スターティングゲートが開いた。当然の様に白い帽子武豊・サイレンススズカが先頭に立った。多くのファンの後押しを受け いつも以上に気合いが入ったのか千メートル通過57・4秒、他の馬には出せない追いつけないスピードで快調に3・4コーナー大けやきの向こうへ!しかしここで歓声がどよめきに変わった、4コーナー手前サイレンススズカのスピードがガクンと落ちる。その瞬間武豊Jは後ろを見ながら大外に進路を切り替えた、脚を引きずりながら必死でこの誘導にサイレンススズカが従う。この後最後の直線へ視線を送ったファンより、4コーナーで痛みをこらえるサイレンススズカを見ていた人が多かったのも記憶に残る。そしてレース後左前脚手根骨粉砕骨折により、類い稀なるスピードの持ち主が信じられない速さで天国に向かった。正にほんの一瞬の出来事、ファンと同じ様にいやそれ以上に悔しい思いを味わった鞍上・武豊。実はレース後ひっそりと姿を消し、後にも先にも無いくらいお酒を飲んでいた。いつも紳士の姿勢を崩さない人が、涙を流しながらしこたま酒を浴びて別れを惜しんでいたのである。その後武豊Jは泥酔に関して多くを語ることは無いが・・あのレースについて「普通あんなスピードで 前脚を骨折したら、 転倒しない馬は殆どいない! 僕を必死に 守ってくれたと思います。 出来れば 後数百メートル 走らせてやりたかったなー」泥酔・涙の理由は故障した事だけじゃなく、人馬のコンビにしか理解できない絆から成るものだった❗まるで友情に満ち溢れたような😢気持ち良く走らせてくれた最高のパートナーにあんな状況でも恩返ししたかの様な・・そして多くの関係者がファンがサイレンススズカの子供で激走する武豊Jを、現実に見たかった!と何年経っても思い巡らす無念は募る‼️名手の一生に一回の泥酔には、涙無くては語れないドラマが有ったのである。 だからこそダート界のサイレンススズカインティにはこの先素晴らしい子供たちを世に送り出して欲しい❗と願わずにはいられない1競馬ファンである。 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #競馬 #中央競馬 #ウマ娘 #サラブレッド #週一note #サイレンススズカ #スポーツコラム #元アナウンサー #インティ #秋天皇賞 12