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神戸24時間225kmへの挑戦まで

失敗からの挑戦

5月末、弘前で行われた24時間走に出場した。
なぜ24時間走なのか。
目標とするスパルタスロンに出場するための関門だ。
一般エントリーの基準は、4月の室戸120kmでクリアしている。

ただ、これではエントリー申請ができるだけで、必ず走れるわけではない。
確実に出走権を得るには、優先エリート枠の記録を狙う必要がある。
自分の現状で、どれが狙えるかというと、24時間225kmという基準しかないと考え、弘前へ。

「狙える」とは言ったものの、全然狙えない…笑

ほど遠い記録ではある。ただ、時期尚早といって挑戦せずして何も得るものはないし、改善点も見つからない。今後にも繋がらない。どうあれ、挑戦する以外に前には進めない。

だが、甘くない。

結果は撃沈。言い訳になってしまうが、3日前に腰に異常を感じ、最善を尽くしたが、回復せずにスタートを迎えてしまった。
初めての24時間走でもあり、カロリー摂取、レースの組み立てなど、大いに反省点が見えた。
225kmに遠く及ばす150km程度、後半はほぼ歩き倒し、自分の惨めさを噛み締めた。
開き直って、ほかの選手がどのようにレースをされているのか、何を摂っているのかを観察しながら、ただひたすら歩いた。
ひたすら空しく、悔しかった。
「やっぱり自分にウルトラは向いていないのか?」
「225kmなんて全く見えない」

青森へ行き、体を壊し、気持ちも沈んでいった。
帰宅後もボロボロの身体を休めつつ、気持ちの整理がつかなかった。


諦めるか、わずかな可能性に懸けるか

今年でのエリート枠の獲得は実質厳しくなった。
挑戦する大会が見つからない。
甘いかもしれないが、現状力不足の自分がクリアするためには、コンデション等あらゆる条件を揃える必要があると感じていた。
(弘前は良いコンデションだったため、もったいなかった)

2024のスパルタスロンのエントリーは2月。神宮外苑の24時間走では2024のエントリーに間に合わない。どうする…
全国どこにでも行くつもりで探していたが、「良い」コンデションの大会など都合よく見つからない。
たどり着いたのは、真夏の酷暑の中での24時間走だった。

5月の弘前で到底及ばなかったのに、真夏の24時間なんて…
それは、傍から見れば、わずかな可能性しかない挑戦だった。
そのわずかな可能性に懸けてみることにした。
まだ身体が回復していないうちに、エントリーを決めた。









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