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世界を救わなかった私へ
勇者がいなくなった世界のことを考える。魔王に対抗するための唯一の希望である勇者が消えたとき、人類に何ができるだろう。盗賊の退治を依頼してきた村長は魔物に殺された。家族の問題を相談してきた娘も死んだ。あなたのパーティにいた戦士は仲間の魔法使いを庇って死んだ。魔法使いもその後すぐ死んだ。みんな死んだ。死んでしまった。
DMがきた。
東方の小説を書く人のアカウントからだった。
以前艦これと言うジャンルを観測したことはございますか?
問いかけの意図が掴めなかった。
なぜ艦これなのか。アイマスの話でもない。vtuberの話でもない。東方の話ですらない。
そして艦これというジャンルの観測とはどのようなことを指して言っているのか。
私はこの問いに答えるために艦これの記憶をたどっていた。
私が艦これを始めたのは結構早い時期だったと思う。島風が出ないと嘆く声がよく聞こえてきて、初風がツチノコと呼ばれ、長門型の建造時間が貼られると陸奥になるビームを撃っていたような時代だ。なんだよ陸奥になるビームって。ならねえよ。
平時にすることといえば資材集めくらいで、老人たちがイベントの恐ろしさを事あるごとに喧伝していた。本当に各資材が30000も要るのかと疑いつつも、なんとなく資材を集めていたような、そんなことを覚えている。
ときどきメンテがあると恒例のメンテ延長に騒ぎ、メンテが開けるまでの時間をプーさんのホームランダービーで潰す。そういえばまだロビカスを倒していない。
レベリングもある程度終わり、資材もそれなりに集まった提督たちはデイリー任務をこなしつつTwitterでやれ誰がかわいいだ、誰のどこが好きだと艦娘トークをしていたものだった。艦娘には史実での足跡があるからこじつけようとすればなんでも話せた。あの艦娘の栄光も、悲哀も、Wikipediaで数十分で確認できた。史実を知った後の艦娘は、ずいぶん重い言葉を吐くと勝手に深読みしたものだ。
なりきりアカウントという文化に初めて触れたのも艦これだったと思う。ロールの強度で元ネタとの距離感が変わる。人間の介入でbotの概念強度が変わる。中の人に寄せるか、キャラに寄せるか。ただ中の人のアバターとしてキャラクターの皮を被るか、キャラクターとの同化願望を満たすために人間が動くか。昨今話題になったアライさん界隈はこれの直系だと思う。vtuberはこれと他のいろいろのミックスだろう。薄いが間違いなく血は引いている。この観測経験は今の自分に繋がっている。
好きなゲームだった。感覚としてシングルプレイに近い、緩い連帯。最善を尽くした後に残る運要素。課金しなくても揃うキャラクター。システムの欠点を上げればきりがないがキャラゲーとして十分に楽しんでいた。
毎回のイベントはすべてクリアし、自分の愛した艦隊が強いことを確認するのが誇らしかった。
時間がなかった、というのは言い訳だろう。他のゲームは遊んでいたし、Twitterにはずっといた。ただやろうと思ったイベントがいつの間にか終わっていて、艦これへの興味を失っていることに気がついた。そうしたらもうログインできなくなった。
フォロワーの艦これツイートをぼんやりと眺めていた。こんな艦娘が実装されたのか。あの艦娘に改二がきたのか。システムが優しくなって初心者が遊びやすくなったらしい。また新しい艦娘が実装されたらしい。私の艦これはTwitter上でずっと続いていて、どのタイミングでプレイをやめたのかも思い出せない。
あれから何年も経った。深海棲艦の大規模な攻勢が何度もあったらしい。提督がいない鎮守府で何ができただろう。練度の低かったあの艦娘は真っ先に沈んだ。改装を重ねたあの艦娘も沈んだ。指輪を贈ったあの艦娘も姉妹を庇って沈んだ。姉妹もその後すぐ沈んだ。みんな沈んだ。沈んでしまった。
救えなかったなんて言うなよ。お前が救わなかったんだ。