上手く話そうとするな

上手く話そうとするな。

「あ」

「あ」はローディングだ。
この言葉を発することで、次の言葉が出るまでの時間稼ぎと、一度言葉を発することで次の言葉が滑らかに出るための潤滑油のようなものなので、これが無いと私は話せない。
会話をうまく終える為、頭で文章を形成する必要があるのだ。

私は、人と話すのに苦手意識がある。
何度も「コミュ障でしょ?」と言われたから、自信がある。私はコミュ障だ。
うまく喋れない自分を知られるのが嫌だから、会話を終わらせたい。

なぜ苦手なのか、考えた。
原因の一つとして出たのは、『他人に興味がない。』という点だ。
重要なのは他人という部分。
ないと言い切ってしまうと、非情だが、俗に言う友人には興味がある。
これから仲良くなる可能性を秘めた人間への興味がなかなか湧かない。人間関係は狭く深い。よく遊ぶ友達は片手で数えられる。

何を朝食べたのか、趣味はドライブで週末は必ず遠出をするとか、好きなゲームを夜通しやってしまうとか。
全く興味が沸かない。

友人と関係が浅かったころ、何を話していたかは記憶にないが、必死に喋ろうと頑張っていたのを覚えている。

時間をかけ、会話を繰り返す。

探り、探られ、相手が信頼できると確信し、相手からも同様の感情を得たら、やっとそいつが友人になる。
友人になるのには時間がかかるんだ。
会話量は莫大だ。
会話が苦手な私にとって、この作業が大変で仕方がない。
他人との会話は、仲良くなるための手段だ。
興味が無い相手にはなるべく無駄な労力は割きたくない。


それに私は初対面の人と話すとき、極力良い人間であろうとしてしまう。
己を知られたく無いのだ。
己の殻にこもると、自然と会話量も減る。
会話量は減るが、良い人という印象は残るので、消極的な私にとっては、外面をよくするのは非常に大事な作業なのだ。
良い人になろうとすればするほど、自分と遠ざかる。自分を知ってもらえない。
自分は寡黙なだけ。そう言い聞かせることにしている。

そもそも己を知られたくないのは、自分自身を空っぽの人間だと思っているからだ。自分が嫌いなわけではない。
ただただ、人と話すときに、自分の内面をそろりと覗いてみると、何も色がついていないように見える。
相手を知る前に、自分の嫌さが前に出て、それをさらけ出せない。
だから、自分自身を脚色し、フィクションの自分を作る。
そうすると、少し自分が楽しい人間になった気がする。
積み重なった色は、重ねるごとに濁っていく。
元々あった色が何だったのかもわからない。
気づけばカラフルに色付けしていたはずの器には、何も色はついておらず。



相手の話を興味を持って聴ける人は、同時に己を曝け出せる。
自分がいい人間か、悪い人間かは関係ない。
そのままの自分を受け入れられているから。
会話は一方的では成り立たない。聞いたら話す。
自分の話をすることで、相手の話題も増やす。
話しやすさが生まれる。
どういう相手かわかれば信頼も生まれる。
信頼した相手には、自分の話を聞いてもらいたくなる。


隣の施術台で、後輩が楽しそうにお客様とお話をしているのが聞こえた。
マスクをしていても、顔が笑っていることが分かる。
ていうか、声が跳ねている。
何の話をしているかは、ちゃんと聞き取れなかったが、後輩が発する「私エビせん好きなんです~」という言葉だけ聞こえた。
えびせんの話を、そんな声高らかにして話す後輩。めちゃ良くないですか?

セラピストという仕事は、悩みを持ったお客様の対応をするので、聞き手に回る事がメインだ。私は会話を盛り上げるのは不得意だが、コミュ症でも聞き役に徹する事はできる。

それと比べ、後輩は会話が盛り上がる。
話すのが上手い、というわけでもないが、とにかく楽しそうに喋るのだ。
むしろ、話すのはうまくなくてもいい。
自然体で、自分の隙を見せ、相手の心も解くんだ。
相手に興味がある人の喋り方。
共通点を見つけると喜んでくれる。
こんな後輩に施術されたら幸せだろうな。
興味を持たれると、こちらも相手に興味が出てくる。


それに比べ私は…聞く。相槌。聞く。相槌。聞く。いつ自分の話をするんだ?
会話の手札は山ほどある。話す才能はないが、私にはキャリアがある。誰だって同じことをずっとやれば、それができるようになる。私の会話はテンプレート化している。
後輩にはお客様との会話が安定していると言われる。
そんなことは全くない。後輩の方が喋れている。
こっちは手札が山ほどあるが、レベルが100を超えたソシャゲを惰性で周回しているだけだ。

お会計を済ませ、笑顔でお見送り。
お客様はとても満足していたようで、次回の予約もとってくれた。
指名もしてくれたし、仕事はできた。
交感神経が優位だった私は、一気に脱力感に襲われる。

「ニタさん、ドーナツ好きですか?」
唐突だった。
後輩からの質問に回答は手札になかった。

ローディングが長いんだ!私は!
後輩は、紙袋を持っていた。
「これ、あげます!」
ハニーディップ。え、私が好きなやつ。何で知ってるの。
以前私が話していたらしい。


そのあと後輩と談笑して、一緒にドーナツを食べた。
楽しかった。
素直さは最大の武器だ。
素直な態度を見ると、顔が緩む。

後日後輩から、またドーナツをもらった。
そんな好きじゃねーよ!
2日目のハニーディップも美味しかった。
後輩も同じ気持ちだろうか?私には分からない。
お礼にエビせんをあげた。

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