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古典銘玉"Dagor"の余薫『Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5』

飽くことなきオールドレンズの愉しみ。

あまり広い画角に食指が動かない私。50mmのレンズで撮るときでさえ広すぎるなと思うことが多いほど、広角とは無縁の写真ライフだった。
しかし稀にではあるが「35mmがあれば…」と思うことは無きにしもあらずであり、一本なにかあったら嬉しいなとぼんやり考えていた頃、いつものお店にて唐突に出会ったのがこのレンズだった。(出会いはいつも突然…)
今、私が所有している50mmより広角なレンズはこの一本のみである。

カール・ツァイス・イエナ製『オルトメター 3.5cm f4.5』
シリアルを信ずるならば1938年製造、ノンコーティングのレンズである。
「オルソメター」とも呼ばれる。開放f4.5という地味なスペックではあるものの、レンズ構成が非常に興味深い。

Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5 ( & Amedeoアダプター )

オルトメターは4群6枚。「という事はダブルガウスかぁ」と早合点してしまいそうになるが、オルトメターの起源は表題にある通り『ダゴール』という大判用レンズにあるとされており、ダブルガウスとは全く違う進化系統を歩んでいる。
古くはプラズマート型とも共通項のある設計であり、最前群と最後群が張り合わせ、絞りに向かい合う群が単玉という[ 2-1-1-2 ]な構成。絞りに対して対象な構成だ。

このオルトメター型のレンズ構成は、実はあまり見かけない。この本家オルトメター以外に35mm判用レンズで他になにがあるだろうか…?
調べてみるとW-NIKKOR・C 2.8cm f3.5が似た構成だという情報が見つかるが…他に目ぼしいソースは出てこず。いずれにせよ寡作な設計だろう。

航空写真用の特殊レンズとして開発され、ツァイスレンズのラインナップでは廉価な普及レンズとしての立ち位置だった…とされているが、客層は御大尽ばかりであった当時の写真機業界ではより明るい高価格レンズ(ビオゴン3.5cm f2.8)が人気であったため、オルトメターは売れ悩んだのか、生産本数は比較的少ない(1700本程と推定されている)。
今となってはコンタックス外爪マウント&暗い開放値も手伝いあまりにもマイナーなレンズになってしまっている。
故にあまり出会うことのないレア玉なのだ…。出会った時が買い時ともいえるだろう。

では写りはどうなのか?というと、これが非常に味わいのある描写をするレンズなのだ。スペックから察するように大きなボケ味や派手な描写は期待できないものの、緻密かつ程々な柔らかさを伴った、絵画的ともいえる写りを楽しめる。製造本数の少なさ&不人気さが勿体なく感じるほど、撮り甲斐溢れる魅惑的な写りなのだ。
作例は全て絞り開放。

M10-D / Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5
M10-D / Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5
M10-D / Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5
M10-D / Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5
M10-D / Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5

四隅は光量落ちと像の流れが確認できるが、中央部の細やかな描写には目を見張る。ノンコーティング故コントラストが低くなりやすく光線状況に敏感ではあるが、それもまた一興である。

風景写真がメインになってしまっているが、実はこのレンズはM型ライカでは距離計に連動しない。後玉を支持するフレームが距離計カムに干渉するため、無限遠以外でピントを合わせたい時は目測で撮影する他ないのである。
ミラーレスカメラのライブビューで撮影するのであれば、何ら問題はない。問題はレンジファインダーでの撮影に拘る私にある。(笑)

M10-D と Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5

小ぶりなレンズながら、贅沢な設計だなぁ感じさせる。現代レンズでは感じ得ない重厚感、おそらく鏡胴の殆どは真鍮製だと思われる。トリオター 8.5cm f4 と同じくオーバークオリティな素晴らしい質感のメッキが施され、プロダクトとしての美しさはこれ以上望むべくもない。
距離計に連動しないとは言ったものの、開放f4.5の暗さも相まってそこまでピントはシビアではない。目測で撮影するという古の手法(笑)で真剣に撮影に臨めるのだ、これほどイイ趣味レンズはそうないだろう。

写真、殊カメラ機材を趣味にしていると「開放値の明るいレンズのほうが偉い!」と思いがちである。
設計の難しさに付随する開放付近の甘い描写、薄い被写界深度で強烈な立体感を得られる派手な写りはやはり代えがたい魅力であり、大口径レンズならではの楽しみもまた存在する。
しかし、小口径ながらレンズ構成に由来する絶妙な収差を感じられるレンズの奥ゆかしさたるや…。いつまでも私の探求欲を刺激するのである。「これこそがレンズ沼の深淵なのか!?」と…。(阿呆

M10-D / Carl Zeiss Jena Orthometar 3.5cm f4.5


〜余談〜
1930年代ツァイスレンズの広角ラインナップは非常に興味深い。
唯一の2.8cmレンズ「テッサー f8」もじっくり試写してみたい。
3.5cmは「ビオゴン f2.8」「ヘラー f3.5」「オルトメター f4.5」と開放f値の異なる三本が用意されていたのであるが…。「ビオゴン f2.8」はAmedeoアダプターに装着できないためスルー。私的には「ヘラー f3.5」が猛烈に気になって仕方がない…。このレンズ、構成が2群5枚という特殊すぎる設計なのだ。いつかは試写してみたい…。入手次第、記事にしたいと思う。

…不思議ですね。冒頭で「広角に縁遠い」と言っていたのにすでにこの有様。(笑) レンズの魔力(というより私の物欲?)は留まるところを知らない…。


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